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『すばらしい新世界』こんな未来もあり?考えさせられてしまうディストピア小説

こんな未来もありかもしれない…

副作用なく気分をあげる錠剤「ソーマ」や欲求を充足する「フリーセックス」。これは割り切ってしまえばユートピア?

生産性と安定をひたすら追求し、新常識に疑問を持たないよう、工業的にクローン生産され、機械的な刷り込み教育で育成される未来の人類。

ユーモアと皮肉に富んだ、オルダス・ハクスリーによる有名なディストピア小説は1932年に刊行されたのですが、今読んでも十分に楽しめるSFです。

シャレた原書の韻を上手に日本語に取り入れた翻訳や、kindleでの注の付き方も読みやすく秀逸でした。

刊行当時、人類の歴史の中でも画期的であった生産性革命を実現したフォードの大量生産。人類までもが工業的に大量生産され、品種ごとに違う育成過程を経るさまは、大量生産が浸透した現代の家畜の生産工程の、究極の行く末とも…

「フォード様」の教えに従い生きる人類は不幸なのか、一瞬考えさせられます。

効率のよい社会運営のためにデザインされた階級制度、階級ごとに期待されるパフォーマンスを発揮できるように行われる遺伝子操作、安定維持を目的とした新しい道徳と思春期までの刷り込み、肉体への副作用がない精神薬、貢献感を維持できるように割り当てられた仕事、消費と経済成長のバランスを図って提供される娯楽。これらによって、安楽と快楽は約束された人類。

これで全てがうまく回れば葛藤は生まれないのですが。当然そうは行きません。

新社会の支配階級に生まれたものの周囲との違いに悩む男、新社会の常識を信じて疑わない美しく優しい女、新社会で生まれ旧社会で成長した「野蛮人」の男。彼らの触れ合い、衝突を通じて、悲喜劇が展開していきます。

「野蛮人」と「世界管理官」の会話は、ノヴァル・ユア・ハラリ氏の『ホモ・デウス』を思い起こさせます。『すばらしい世界』は、人類が進むかもしれないひとつ世界を見せてくれます。我々の資本主義、民主主義社会がどう進むべきか、いろいろ考えさせられます。

「僕が不思議に思うのは」とジョンは言った。

「なぜああいう連中をつくるのかということ。だって、あの壜でどんな人間でもつくれるわけでしょう。なぜ全員をアルファにしないんです」

 ムスタファ・モンドは笑った。「それは喉をかき切られるのが嫌だからだよ。われわれは安定性と幸福を重んじている。アルファだけの世界は必ず不安定で悲惨なものになるんだ。工場労働者がみんなアルファだと想像してみたまえ。それぞれが優れた遺伝的素質を持つ共通性を持たないばらばらの個人で、自由な選択をし責任を負うことが(一定の限度内で)できるよう条件づけ教育をされている、そんな社会を想像してみたまえ!」

 ジョンは想像してみようとしたが、あまりうまくいかなかった。

「それはまったく愚かなことだよ。アルファとして壜から出て、アルファとして条件づけされた人間が、今エプシロンがやっている仕事を強制されたら発狂する。発狂するか、ものを壊しはじめるかのどちらかだ。アルファだって完璧な社会性を身につけることができる。ただしアルファにふさわしい仕事が与えられる限りでの話だ。

すべての下級労働を一日三、四時間にするのは、技術的には簡単なことだ。しかしそれで彼らがより幸せになるのか。ならないね。その実験は一五〇年以上前に行なわれた。アイルランド全土で四時間労働制がとられたんだ。その結果は、社会不安が生じ、ソーマの消費量が大幅に増えただけだった。余分に増えた三時間半の余暇は幸福の源泉とはほど遠く、みんな〝ソーマの休日〟をとらずにいられなくなったんだ。〈発明院〉には労力節約プランがうんとある。何千とある」ムスタファ・モンドは大きな手ぶりをした。

「なのにそれらを実施しないのはなぜか。労働者に過剰な余暇を与えるのは残酷なことだからだ。農業でも同じことでね。われわれは、その気になればどんな食料でも人工的につくれるが、あえてやらない。人口の三分の一を耕作に従事させておく。それは農業労働者のためだ。工場で食料をつくるより畑でつくるほうが時間がかかるからね。それに社会の安定性を維持する必要がある。

「神のことを考える人間は、不義の快楽によって堕落するような真似はしないでしょう。そして何かに辛抱強く耐えたり、勇気をもって何かをしたりするでしょう。僕はインディアンたちがそうするのを見ました」

「それは見ただろうね。しかし、われわれはインディアンではない。文明人はきわめて不愉快なことに辛抱強く耐える必要がない。勇気をもって何かをするほうは。おお、フォード様、誰もそんな考えを起こさないことを祈りたいね。それぞれが自分の考えで何かをやりだしたら社会秩序が乱れることになる」

「禁欲はどうです。神を信じるなら、禁欲することにももっともな理由があるはずです」

「ところが産業文明は禁欲しないことで初めて可能になるわけでね。健康と懐具合が許すぎりぎりまで欲望充足を追求すべきだ。そうしなければ車輪は回転をとめてしまう」

「でも、純潔を守ることにはもっともな理由があるはずだ!」ジョンはそう言いながら少し顔を赤らめた。

「純潔を守ると激しい感情が溜まるし、神経衰弱にもなる。激情や神経衰弱は社会を不安定にする。不安定は文明の息の根をとめる。不義の快楽をたっぷり愉しめるのでないと文明の永続は望めないんだよ」

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

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