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『邦人奪還』元自衛隊特殊部隊小隊長が描く、手に汗にぎる軍事小説

著者の伊藤祐靖氏が、自衛隊初の特殊部隊、海上自衛隊特別警備隊の元小隊長!

ご自身が『書いているほとんどにはモデルがいますし、ストーリーや物語設定は架空ですが、切り取った「部分」は事実なんです。その意味では、見たことをそのまま書いているだけだとも言えます』と語るように、実際の事件と、非常にリアルな自衛隊員の活動や日常を組み合わせて描かれた物語は、非常にリアルかつスリリングで、一気に読まされました。とても秀逸な軍事スリラー小説です。

著者の想いを代弁する、登場人物のセリフも考えさせるものがありました。

1つ目は、日本人の性向に関する意見。まずは外国特殊部隊員の会話。

「そうだ。日本人は、信じがたいくらい権威に弱い。上位者からのどんな指示にでも黙って従うから、政治家や官僚は現場の者に命があることを忘れてしまっている。それにすら異を唱えないのが日本人だ」

「本当ですか? 抗う奴はいないんですか?」

「いない。しかも、あの国は決断を嫌い、どこまでも譲歩をしてくる。際限なしの泣き寝入り国家だ。ところが、ところがだ。ある一線を越えると大変なことになる」

「え?」

「お前の一発で日本人が死んだ時は、どうなるかわからない。国民の性格が180度変わって、手がつけられなくなる。だから、もし反撃されても、絶対に私の指示なく撃つな」

 同じ意味合いの、官房長官と総理大臣の会話。 

「愛国の世論を作るんだよ。日本人は、一旦愛国心に火がつくと右も左もなくなる。」

「世論を作る、か。。」

自衛隊員、その周辺組織でははこのように感じられている、ということですね。日本の社会問題や、太平洋戦争に至る経緯を思うと、このような側面は残念ながらあるんだろうなと。

 2つ目は、日本国における自衛隊の位置づけに関して。作戦に赴く前の、特殊部隊の小隊長と隊員の会話。

軍人は、自国が定めた軍法で権利と義務が規定され、それによって裁かれる。一般の人とは異なる。当たり前だろ、国家は殺害を命じることもあるんだからな。我が国に軍法が存在しない以上、俺たちは、作戦行動中に起きたことであっても、他国の法律でまったく一般の人と同じように裁かれる。祖国からの命令だろうがなんだろうが、関係ない。ただの殺人者として扱われる。

この軍法がないというのは、とんでもない話なんだ。別の視点で見れば、日本は恐ろしい国だよ。当の本人には軍人としての権利を放棄させているが、同時に義務を規定していないんだからな。国家レベルで軍事訓練を受け、国家予算レベルの武器を持った者が、規律なく行動するかもしれないんだからな

憲法9条改正論者ではありめせんが、これはつらい立場だと気になったので、少し調べてみました。平成14年に内閣総理大臣小泉純一郎名で答弁書が出ているので、ジュネーブ諸条約に関する日本国の法解釈は、自衛隊員は捕虜扱いされるはずだということです。ただ、そんなことは筆者はもちろんご承知でしょう。戦場という「法」すら守られないこともある極限状態で、ましてや「法解釈」など守られる保証はない、ということでしょう。考えさせられます。

3つ目はアメリカ合衆国の強みについて。小隊長と情報会社の女性の会話。

「米軍は世界最強だよ。でも、最強の理由はふたつある。圧倒的な軍事予算と組織力だよ。レベルの高くない人間10人で、ちゃんと10の力を発揮する組織を作る能力で、あの国は世界に君臨している。日本は逆。レベルの高い人間が山ほどいるのに、10人集まっても6の力しか出せない」

「よくわかるわ。確かにあの国の最も得意とするところですね。しっかりと資金を投入してシステマティックに合理的に組織を作り、当たり前のことを当たり前にやる。そして、当たり前の結果を出し、投入した資金を何倍にもして回収する……」

 組織、仕組み作りに重きを置く米系企業で長く働いているので、この情報会社の女性の発言、すごくよくわかります。

個人スキルの高さだけに依存せず、メンバーが変わっても機能するよう、仕組みとして結果が出やすくする。そうすると、個々人の負荷が下がって、結局より個人を活かすことにもつながります。

広告効果、みたいな曖昧なものに換算して済ませず、投資に対して見合う売上結果を得て、利益として回収することにシビアにこだわる。

そういったことは、国、企業、組織として大きな強みなんだと再認識しました。

邦人奪還―自衛隊特殊部隊が動くとき―

邦人奪還―自衛隊特殊部隊が動くとき―

  • 作者:伊藤祐靖
  • 発売日: 2020/06/19
  • メディア: Kindle版