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『2060 未来創造の白地図』未来に希望を抱かせる秀逸なテクノロジーカタログ

未来を読み解く本として人気の『ホモ・デウス』では、データテクノロジーや遺伝子工学の発展が、後戻りのきかない格差や暴走をもたらすリスクが描かれました。本書で川口伸明氏はこう語ります。

ヒトは、神人になるのではなく、飽くなき冒険の旅を続ける存在「ホモ・オデュッセイア」になるのではないでしょうか。

楽観している訳でなく、タフな旅になるはずだけれど、AIをパートナーとしながら乗り越えられるはずだと。

本書では7つの分野ごとに、2020年初頭段階で市場に投入済みの製品、2020年代中に実現される技術予測を踏まえた2030年の社会予想、2060年までで考えられる進歩の方向性を網羅しています。

①ライブ・バーチャル、②食農のデジタル化、③交通・都市のロボット化、④知覚と身体性の拡張、⑤医療・ヘルスケア、⑥宇宙規模での資源・環境、⑦知の未来・知の進化、の7分野で、たくさんの事例、予測、予想を紹介しています。

既に製品化されている技術の膨大なカタログと、市場規模や研究開発費という具体的データに基づく2030年の社会予想、これらを眺めて気づいたことがあります。技術は、多くの人の悩みを助けるために発展していくんだな、というある意味当たり前のことでした。

例えば「身体性の拡張」を抽象的、未来的に考えると、一部の人だけがアクセス可能なサイボーグ化、遺伝子操作といったディストピア的な不安も感じます。

本書各章は冒頭、「2030年の化学メーカーロボット開発者」のような架空の人物のショートストーリーで始まります。

私は化学メーカーでラバーやシリコンゲルなど柔軟素材を使った人工筋肉の応用先として、ウェアラブルソフトロボットの開発をしている。

腰から下を固定する外骨格タイプで、体重をかけても崩れない。立ち乗り型パーソナルモビリティの技術も取り入れている。体を自由に動かせる人には着込むトレーニング機器になり、病気や障がいで体を動かすのが難しい人には着込めば体を動かして歩かせてくれるパワースーツになる。VRと組み合わせてイメトレやスポーツコーチングにも使えるし、フィットネスにも使える。

私はこれを、高齢者でも障がいある人でも、病気の人でも、体を動かしたり移動したりする自由度を広げる「ヒューマノイドモビリティ」にしていきたい。

乗り物に乗るのでなく、自分の身体そのものがモビリティになるという身体拡張の概念が広まれば、「ハンディキャップ」という概念を希薄なものにしていけたりするのではないか。身体要素のファッションアイテム化を通して、身体の不自由さえも着せ替えで乗り越え、身体性の自由につながる可能性もある。

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2060 未来創造の白地図 第4章 ショートストーリー2030 より

視力が悪い人が眼鏡やコンタクトレンズを装用することは「当たり前」。パワースーツは既に製品化され、軽作業の現場で使用され始めています。現時点ではまだ高価ですが、眼鏡同様、多くの人に必要とされるツールは、爆発的に、普及可能な価格にこなれていくでしょう。

いま40代である自分が幼ない頃から育んできた「老人」のイメージのままだと、人生100年時代と言われても、足腰が弱くなった自分を想像して暗くなってしまいます。しかし、パワースーツを身につけ、何不自由なく移動が出来る90歳、これはだいぶ明るいですし、十分にありえる未来だと、本書を読んでいるうちに想像できるようになりました。

『ホモ・デウス』では、最先端の研究成果に基づく、一部の富豪だけがアクセス可能な技術が生まれる可能性の示唆が多くありました。一方で本書を読むと、技術は普及を前提に進歩していく、多くの人を助けるものになっていく、ということが信じられる気がしてきました。

イーロン・マスクやジェフ・ベゾスなどの現代を代表する起業家も、巨万の富をどのように使うかと言えば、「個人の強化」ではなく「社会の強化」のために投資し続けているように思います。やはりホモ・サピエンスは社会性のある生き物だから、もしくは個ではなく種の繁栄を目指す本能に導かれて、課題を乗り越えていくという期待を抱きたくなります。

そうであれば、著者が言うように、未来への旅は楽ではないにしても、よりよい社会に通じるものでしょう。そのような希望を感じさせるとてもいい本です。

2060 未来創造の白地図 ~人類史上最高にエキサイティングな冒険が始まる

2060 未来創造の白地図 ~人類史上最高にエキサイティングな冒険が始まる

  • 作者:川口 伸明
  • 発売日: 2020/03/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)