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エマニュエル・トッドの『第三次世界大戦はもう始まっている』で理解が深まるウクライナ侵攻3つの背景

リアル本屋にはいい本との出会いがある。

ロシアのウクライナ侵攻をエマニュエル・トッドはどう捉えたか。読んでみると、それまで考えたことのなかった様々な問いが浮かんできました。

ウクライナ侵攻はなぜ起きた?

ウクライナのNATO加盟はロシアには絶対容認できない一線だった、というのは日本でも理解された上で、プーチンが悪い(大多数)、いやゼレンスキーが悪い(ごく一部)という議論にとどまっていました。

よく考えると、NATO加盟をウクライナ国民の相当数やゼレンスキー大統領が望んだとしても、彼らの意向だけでは決まりません。日本が国連常任理事国入りを望んでも、中露が認めなければ無理なのと同様に。

本書の記載を各種記事などで確認しても、ウクライナのNATO入りをアメリカが積極的にプッシュしてきたのは事実のようです。ロシアがウクライナを侵攻したことはアメリカにとっても大誤算だったにしろ、誘発してしまった。ウクライナは、アメリカを始めとする各国の武器援助でロシアに対抗できているのだけれども、甚大な被害が長期化してしまうこともみえている。

「未必の故意」は言い過ぎでしょうが、法律用語で言うところの「認識ある過失」ぐらいの意図と責任は、アメリカにもある気がします。

ウクライナは3つの違う地域だった?

旧ガリツィアと呼ばれポーランドの影響が濃い西部、小ロシアと呼ばれルーシ人の本土である中部、ロシア人が多く住む黒海沿岸とドンバスを含む南東部の3地域は、歴史的に分かれていたようです。

調べてみると3地域の住民感情は確かに違うようで、下記はThe Economist が2014年3月号に掲載した統計。次の日曜日にEUとロシア、どちらに加盟するかの国民投票があったらどちらに投票する?と。3地域で回答は大きく違います。

他国の干渉を受けやすい状況だけでなく、どちらかに振ろうとすれば国論が割れる問題だったことが分かります。

The Economist Mar '14

各国の反応が違う背景は?

ロシアを非難する国々と、ロシア非難に距離を置く国々に、世界が分かれています。アメリカの同盟国か否か、という色分けもひとつですが、民主主義国家か権威主義国家か、というだけでもなさそうです。

そもそも、国々はどのような政治形態を志向するのか。本書によると、背景には人類学上の特徴、民族ごとの家族構造に由来があるとのこと。詳しくは、Wikipediaのエマニュエル・トッドの項目にわかりやすくまとめられており、先進国、大国に限っても5つの類型があるようです。

  1. 絶対核家族:子供は成人すると独立する。親子は独立的であり、兄弟の平等に無関心である。遺産は遺言に従って分配される。イングランド、オランダ、デンマーク、イングランド系のアメリカ、カナダ (ケベック州を除く)、オーストラリア、ニュージーランドに見られる。基本的価値は自由である。世界の他の地域に比べ、女性の地位は高い。これは、核家族が本質的に夫婦を中心にするため、夫と妻が対等になるからである。一方、基本的価値が自由であることから、子供の教育には熱心ではない。個人主義、自由経済を好む。移動性が高い。
  2. 平等主義核家族:子供は成人すると独立する。親子は独立的であり、兄弟は平等である。遺産は兄弟で均等に分配される。パリを中心とするフランス北部、スペイン中南部、ポルトガル北東部、ギリシャ、イタリア南部、ポーランド、ルーマニア、ラテンアメリカに見られる。基本的価値は自由と平等である。女性の地位は、娘が遺産分割に加わる社会(フランス北部)では高いが、そうでない地域ではやや低い。絶対核家族と同様、個人主義であり、子供の教育には熱心ではない。
  3. 直系家族:長男は親元に残る。親は子に対し権威的であり、兄弟は不平等である。ドイツ、スウェーデン、オーストリア、スイス、ルクセンブルク、ベルギー、フランス南部 、スコットランド、アイルランド、スペイン北部(バスク)、日本、朝鮮半島、台湾、ユダヤ人社会、カナダのケベック州に見られる。基本的価値は権威と不平等である。子供の教育に熱心である。女性の地位は比較的高い。秩序と安定を好み、政権交代が少ない。自民族中心主義が見られる。
  4. 外婚制共同体家族:息子はすべて親元に残り、大家族を作る。親は子に対し権威的であり、兄弟は平等である。いとこ婚は禁止されるか少ない。ロシア、フィンランド、旧ユーゴスラビア、ブルガリア、ハンガリー、モンゴル、中国、インド北部、ベトナム、キューバ、イタリア中部に見られる。基本的価値は権威と平等である。これから、共産主義との親和性が高い。
  5. 内婚制共同体家族:息子はすべて親元に残り、大家族を作る。親の権威は形式的であり、兄弟は平等である。権威よりも慣習が優先する。トルコなどの西アジア、中央アジア、北アフリカに見られる。イスラム教との親和性が高い。子供の教育には熱心ではない。女性の地位は低い。

アメリカの極端に自由を優先する価値観、特に白人が支持層である共和党の銃所持の自由へのこだわりはこの辺りに起因するのかと、腹落ちしました。

日本でも核家族化が進んでいるので、都市部から平等主義核家族的になって行きそう。日本人が絶対核家族的な社会になるイメージはわかないので、いい面も悪い面も含め、究極的にはアメリカ人とは価値観が違うと考えたほうがいいのかもしれません。

基本的価値が必ずしも一致してなかろうが、一致点を見つけて協調する、利用し合うのが外交、同盟関係。あくまで利用関係で互いに大事なのは自分だというクールな認識のもとで考えるべき問題なのだと再認識しました。