サイコパス。他人がどうなろうと、その相手を思いやる「良心」はなく、論理的な思考や計算はできるが、他者への共感性、恥の意識、罪の意識がすっぽり欠落している人間。
そういう人間が約100人に1人は存在するという事実を踏まえて、サイコパスとはどのような定義か、なぜ存在するのか、社会としてどう対処すべきか。脳科学者の中野信子氏がまとめた本です。
脳内の器質のうち、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、一般人とサイコパスとされる人々では大きく違うそうです。
それが軋轢や犯罪を誘発しやすい一方、まれに強みとして働くこともあると。歴史上の偉人、例えば織田信長だったり、企業のCEO、例えばスティーブ・ジョブズだったり、変化を恐れずに果断に決断し、描いたビジョンを巧みに伝えることで周囲を魅了し、不要と感じた仲間を冷酷に切り捨てていく。そういったタイプは、サイコパスである可能性が高いそうです。会社のあるリーダーを想像して納得がいきました。
印象に残ったのが、サイコパス、すなわち「良心を持たない人たち」の存在が、人間がなぜ良心をもっているのかを気づかせてくれる、という考察でした。
人類は心を通わせ、共感し、助け合うという性質を活かして発展してきました。この性質は、天から与えられたというような詩的なものではなく、種として生き延びるのに便利だったからこうなっているにすぎない、というのが進化論、脳科学から導き出される考察です。
愛情や友情、助け合いといったものは「美しい」と思われていますが、「美しい」と脳が勝手に判断しているにすぎないとも言えるのだそうです。
集団を守り、生存確率を高めるために、人類の脳は長い時間をかけ、集団を維持する要素に対しては「快」を感じるように出来ています。倫理や道徳とされていたことも、実は生物としての脳の器質に導かれていた、というのは驚きでしたが、ちょうど、似たような考察をユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』でも読んだところだったので、すごく納得できました。
この裏返しで、人類は、集団の秩序を乱し、破壊する要素に対しては「不快」を覚えるように進化してきました。つまり、集団の秩序を乱しかねない存在を徹底的に追い詰め、バッシングする行為は、人間にとって「快」であり、正しい行いなのです。
何十万年もかけて、こうした機能が人間の脳に形作られてきたのです。 今日でも多くの人間が「裏切り」や集団の秩序を壊そうとする働きに対して、敏感に反応します。これは、人類の歴史上、抜け駆けする存在や裏切り者がいれば、共同体全体が危機に晒されてきたからです。
ネットで「炎上」が頻繁に発生するのも、ルールの逸脱者には制裁を発動しようとする脳内反応が瞬時に起こり、その衝動に従って行動することが、大きな快感を人間にもたらすからで、その行為は脳にとって「正義」なのだと。ネットが人間にとってはまだ新しいコミュニケーションツールであり、炎上行為は脳の器質からすれば自然な行動であるなら、人間がこのツールを適切に取り扱えるような社会的ルール、新たな常識が定着するまでには、今しばらく時間がかかるのはやむを得ないのかもしれません。
最後に、自分がサイコパスであるかどうかの診断ツールや、サイコパスの人が、その特質を活かして生きていくにはどうすればよいか、といった提言まであるところに、著者の良心を感じます。