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人生とテニスに役立つ本

『ストーリーとしての競争戦略』仕事のストーリー構築の骨法10か条

非常に分厚い本だが、ストーリーの重要性を説くだけあり、やわらかな語り口と興味深い事例紹介で楽しく読める。著者がまとめるジャンルを超えた原理原則、戦略ストーリーの「骨法10か条」+1。

①エンディングから考える

  • エンディングを固めるためには、実現するべき「競争優位」と「コンセプト」をはっきりとイメージする。
  • 実現すべき競争優位は3択。顧客が払いたいと思う水準を上げる、コストを下げる、ニッチへの特化により無競争状態に持ち込む。それが顧客に価値を提供するから、儲かる。
  • 長期的に儲けることが「ゴール」。競争優位は儲けるための「手段」。
  • コンセプトは、チームメンバーが情熱をかけて実現を目指す「目的」。
  • 実現すべき顧客価値がコンセプトに凝縮。スタバなら自宅でも仕事場でもない「第三の場所」。それがチーム内で共通の目的になっていればストーリーは動きだす。ストーリーのエンディングにはコンセプトが一番大事。
  • コンセプト構想には、ターゲット顧客と、彼らの心と体の「動き」をはっきりイメージすることが必要。どのような状況と動機で、どのようにその製品やサービスと関わり、どのように使用し、その結果としてどのように喜ぶのか?例えば、仕事場でもない、かといって自宅でもない、落ち着ける、集中できる場所が欲しいからスタバへ。

②「普通の人々」の本性を直視する

  • 普通の人々が確かに必要とすること、欲しがるものを価値の中心に据える。コンセプトは「今そこにある価値」を捉えるものであること。突飛である必要はないし、人間の本性はそうそう変わらないから「新しい価値」なんて存在しない。
  • コンセプトは出来るだけ中立的な言葉で表現する。スタバの「第三の場所」やガリバーの「買取専門」など。肯定的な形容詞で良さげにすると思考停止する。

③悲観主義で論理を詰める

  • 「そうなってほしい」という希望的観測と「本当にそうなる」かは別。「こういうことができますよ」ということと、ユーザーが本当にお金を払ってでも使うこととは無関係。本当に使ってもらい、お金を払ってもらい、使い続けてもらうには、すごく強くて太いストーリーが必要。
  • 「悲観主義」とは「弱者の理論」。ヒト、モノ、カネの制約に苦しんでいる会社は「どうにかなるさ」とは言っていられない。ストーリーが本当に作動するかどうか、打ち手をつなぐ理論を突き詰めて考えざるを得ない。そもそも、あらゆる戦略は利用可能な資源の制約が前提だ。

④物事が起きる順序にこだわる

  • ストーリーは時間的広がりを持つ。戦略構築の本質は、その後の偶発的な機会や脅威を受けて、ストーリーに新しい要素を取り込んでいく「ストーリー化」のプロセスにある。机上のプランに基づいて最初から全て「いきなり丸ごと」やろうとすれば、時間軸を見失ってしまう。まずは立ち止まって、ストーリーの原型を固め、時間展開の中でストーリーを徐々に練り上げること。

⑤過去から未来を構想する

  • 成長戦略を考えるときに、既存の事業との「シナジー」、すなわち既存の顧客との重なり、蓄積してきた技術的な強みの活用、などといった個別の要素に目が向きがち。しかし、本当にものをいうのは、戦略ストーリー全体とのシナジー。
  • 例えばスタバなら、店舗での飲料提供というオペレーションはアルコール提供とシナジーがありそうだし、短期的には売上増も期待できる。しかし、家ともオフィスとも違う、ゆったりとリラックスする時間を過ごせる「第三の場所」というコンセプトとフィットせず、手を出すべきではない。
  • ストーリーを、強く、長く、面白くするには、「好循環」や「繰り返し」の論理を組み込むことが大切。それまでの戦略ストーリーの強みを丸ごと活かさなければ、それは実現できない。
  • ストーリーは「窮屈さ」を感じるくらいでちょうどよい。戦略ストーリーがしっかりしているほど、ある打ち手がストーリーにフィットするかしないか、はっきりと判断できる。目先の機会にすぐ食いつく前に、それがストーリーの延長上にうまく乗っかるかどうかを自然と考える。優れたストーリーには、打ち手の選択肢を狭める窮屈なところがある。

⑥失敗を避けようとしない

  • どんなに秀逸な戦略ストーリーでも、本当に成功するかどうか事前判断は無理。最後はやってみるしかない。だとしたら事前にすべきことは二つ。一つは事前に戦略ストーリーを持ち、組織でしっかり共有すること。もう一つはストーリーのつくり手が失敗を事前に明確に定義しておくこと。
  • 大切なのは失敗を避けることではなく、「早く」「小さく」「はっきりと」失敗すること。ストーリーがメンバーに共有されていないと、各自がバラバラに動いて失敗が「遅く」「大きく」「あいまい」になる。

⑦「賢者の盲点」を衝く

  • その業界を 知悉している(つもりの)「賢い人」が聞けば、「何をバカなことを…」と思う。しかしストーリー全体の文脈に置けば、一貫性があり、独自の競争優位の源泉となっている。部分の非合理を全体での合理性に転化する。この面白くも難しい「キラーパス」の組み込みこそが、ストーリーの戦略論の醍醐味。
  • 例えば、問題Aがなぜ存在するか、その理由の先にXという賢者の盲点らしきものが見えてきたとする。まずはその思考を頭の片隅にストックしておくだけで充分。日常的に小さな問題の背後にあるなぜを考える習慣を続けていけば、ふとした機会に、同じ賢者の盲点Xが背後にありそうな問題Bが見つかることも。日常の中で、こうした1つのXから発生している同根の問題が複数見つかるような場合、Xが賢者の盲点ゆえに、複数の問題が放置され、根っこでつながっている可能性がある。
  • 一度賢者の盲点を見つけられたら、今度は逆の因果論理を考えてみる。賢者の盲点が障害であるが故に未解決で残っている他の問題を考えてみる。これが次々と出てくるようなら、Xは相当に筋の良いストーリーを切り開く賢者の盲点かもしれない。合理的だとして長いこと維持されているだけに、そこから発生する問題がたくさん残されているはず。Xという盲点を衝けば、その一撃で様々な問題を一網打尽に解決できるので、ストーリーが自然と太くなる。無理だと思われていた問題が自然に無理でなくなるので、さらなる様々な打ち手が芋づる式に出てきて、ストーリーが強く長くなる。

⑧競合他社に対しオープンに構える

  • トヨタやデルなどの優れた戦略ストーリーで成功した企業は、成功事例の共有にオープンな構えを取る。それは「一部の構成要素は取り入れられても、ストーリー全体はそう簡単にはまねできない」という自信があるから。自社のストーリーを公開することによって、マネをする他社が自滅にはまるのを期待している、というのはうがちすぎだが、個別の構成要素ではなく自社のストーリーを深いレベルで理解し、ストーリーこそが持続的な競争優位の源泉になっているということを強く自覚しているのだろう。

⑨抽象化で本質をつかむ

  • 具体的な事例はあくまで特定の文脈の中でのみ意味を持つ。他社の成功要因を単純に応用しようとしても、そのままでは無理がある。具体的事例の背後にある論理を汲み取り、いったん抽象化することによって、初めて汎用的な知識ベースとなる。汎用的な論理であれば、それを自分の文脈で具体化することによって、ストーリーに応用することができる。
  • 抽象化と具体化を往復することで、物事の本質が見えてくる。思考の推進力はあくまで抽象化のほうに。具体的な事例は、日常生活の中でどんどん入ってくる。しかし意識的に抽象化しなければ本質はつかめない。具体的な事例を「冷凍」(抽象化)して、ひとまず「冷凍庫」(知識ベース)に入れておき、必要なときに自分の文脈で「解凍」(具体化)して応用する。具体的な事象は「生もの」で、一度冷凍しないと、文脈を超えて持ち運べない。

⑩思わず人に話したくなる話をする

  •  ストーリーがリーダーの頭の中にあるだけで組織のメンバーと共有されていなければ、なぜ仕事をしなければならないのか、戦略の実行に関わる一人ひとりが、本当の根拠を持てない。仕事の大変さが同じであったとしてもやたらと疲れる。戦略ストーリーは、それに関わる人々を「明るく疲れさせる」ためのもの。経営者から出てくる戦略が機能部門ごとの無味乾燥な論理ばかりであれば、総力戦はとうてい期待できない。インセンティブプランなどの細部に入り込む前に、リーダーが面白いストーリーを語り、ストーリーで人々を突き動かす。現場の日常のコミュニケーションでストーリーが飛び交い、全員が一つのストーリーを共有し、「共犯意識」を持っている。これが理想。
  • 思わず人に伝えたくなる話。これが優れたストーリー。逆にいえば、誰かに話したくてたまらなくなるようなストーリーでなければ、自分でも本当のところは面白いと思っていない訳だ。そんな話は聞かされる方も迷惑。自分で面白がっていなければ、人が聞いて面白いわけがない。ましてや、そんなストーリーで組織を動かそうとする、これはもはや「犯罪」といってもいいだろう。

一番大切なこと 楽しく正しい、正しく楽しい

  • 優れたストーリーはその根底に、自分以外の誰かを喜ばせたい、人々の問題を解決したい、人々の役に立ちたいという切実なものがある。
ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

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  • 作者:楠木 建
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2012/05/10
  • メディア: 単行本