花も実もある楽しい読書

人生とテニスに役立つ本

『ローマ人の物語』塩野七生さんによる最高の歴史エッセイシリーズ

ローマ人の胸の内を、定説とされる史実を超え、著者の解釈を踏まえて描かれる本シリーズ。塩野七生さんは、それゆえ本書は歴史書ではなく「歴史エッセイ」だと言います。

正当とされる歴史書でも、著者が生きる社会背景や本人の信条が必ず反映されるもの。近現代ヨーロッパで書かれたローマ史の歴史書なら、キリスト教をベースにした宗教観、フランス革命を経た社会観がどうしても反映される。そう語る塩野さんは、キリスト教すらメジャーになる前のローマ時代に書かれた一次資料まで読み込みんだうえで、ローマ人の行動原理を念頭に物語を紡ぎます。

日本におけるイタリアの歴史と文化への関心を高めた功績により、イタリア政府から勲章を授与されたほどの著者が、綿密な資料の検証、史跡の訪問、深い思索、そして豊かな想像力を傾けて送り出したローマ人の物語。面白くないはずがありません。20年以上にわたり、何度も読み返した私の宝物です。

f:id:businesspapa:20201119211424p:plain

第一巻は「ローマは一日にして成らず」

建国からイタリア半島統一までの五百年間を描きます。ローマ興隆期に生きた同時代人から見たローマ勃興の理由。第一に宗教的寛容。第二に王政、貴族政、民主政の長所を活用する柔軟な政治システム。第三には、敗者でさえ自分たちと同化する生き方。

知力ではギリシア人に劣り、体力ではケルトやゲルマン人に劣り、技術力ではエトルリア人に劣り、経済力ではカルタゴ人に劣っていたローマ人は、古代では異例の開放的な性向ゆえに発展したのではないか。全15巻の始まりです。

 第二巻は「ハンニバル戦記」

カルタゴとの間に始まった第一次ポエニ戦役から、ハンニバル戦争(第二次ポエニ戦役)、その影響下で完成した地中海世界の制覇までの、百三十年間です。

現代でも世界中の士官学校での必修だという、ハンニバルのカンネの会戦、スキピオのザマの会戦。百三十年のうちの十六年でしかないハンニバル戦争に本書の三分の二が割かれており、それだけこの戦争が地中海世界に与えた影響の大きさがうかがえます。希代の英雄ハンニバルとスキピオの対話など、熱いエピソードも多数です。

ハンニバル戦記──ローマ人の物語[電子版]II

ハンニバル戦記──ローマ人の物語[電子版]II

  • 作者:塩野 七生
  • 発売日: 2014/05/09
  • メディア: Kindle版
 

第三巻は「勝者の混迷」

いかなる強大国といえども、長期にわたって安泰であり続けることはできない。国外に敵を持たなくなっても、国内に敵を持つようになる。外からの敵は寄せつけない頑健そのものの肉体でも、身体の内部の疾患に、肉体の成長についていけなかったがゆえの内臓疾患に、苦しまされることがあるのと似ている。

ハンニバルはこう語りましたが、地中海の覇者となったローマでは、権力が集中しすぎた元老院が利権も貪るようになります。ローマの人口の7%は農地を失って流入した失業者というまでになり、護民官を務めるグラックス兄弟の改革も暗殺によってとん挫、ついには内戦に突入します。

元老院体制、という民主政体が機能しなくなったところで市民の不満が爆発、国が割れ、強力なリーダーシップを持つ個人に多くの権限を与える。共和制ローマは、マリウス、スッラ、ポンペイウスと経て、いよいよ物語は新しい時代へ向かっていきます。「歴史はときに、突如一人の人物の中に自らを凝縮し、世界はその後、この人の指示した方向に向かうといったことを好むものである」。

新時代に向かう前の混迷は、埋もれていた無駄や無理がコロナ禍で一気に噴出している、今の日本にも通じるものがあります。カエサルに任せるわけにはいかない日本はどうするか。我々が変わる時かもしれません。

勝者の混迷──ローマ人の物語[電子版]III

勝者の混迷──ローマ人の物語[電子版]III

  • 作者:塩野 七生
  • 発売日: 2014/06/06
  • メディア: Kindle版