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『Who Gets What マッチメイキングとマーケットデザインの経済学』人と人のニーズをぴったりマッチさせ、暮らしをよりよくする

需要と供給のバランスが価格によって最適化されるのが市場の役割。では、モノやサービスの配分が価格で調整できない時は?

例えば公立高校の学校選択。はたまた腎臓移植。売買価格では調整できない。。

マッチング理論とは、人と人、人とモノ・サービスをどうマッチするかを研究する学問。マーケットデザインとは、マッチング理論を応用して、人々が必要なものを交換したり手に入れたりするために、最適な制度を設計すること。

この経済学の研究が社会問題に成果をあげ、著者のアルビン・E・ロスは2012年のノーベル経済学賞を受賞した。

コロナ禍における医療リソース配分の最適化から、買い物客とお店のニーズをマッチさせるビジネス課題、部下達の効率的な役割分担といった問題まで、お金だけでは需要と供給を調整できない「市場」は結構ある。マッチング理論の存在を知ること、「市場」の需給調整のために必要なことを理解して、必要なアルゴリズム、デザインを考えてみること。これはビジネスに役立つし、すごく面白い。

本書から、マッチング理論の基礎となった「受け入れ保留アルゴリズム」と、マーケットデザインを考える手掛かりとなる「市場を調整するためのチャレンジ」についてまとめ。

受け入れ保留アルゴリズム

  • ステップ0:学生と学校は、情報を管理者に対し、それぞれの希望順位のリストを非公開で提出する(学生側は偏差値順、学校側は成績順など)。
  • ステップ1:各学校は全ての第一希望の学生の中から、望ましい順に定員の範囲内で「暫定的」に受け入れ、残りの生徒を拒否する。
  • ステップn:受け入れ拒否された学生は次に希望順位の高い学校に出願する。各学校は、保留中の学生と新しく出願を受けた学生を比較して、望ましい順に暫定的に受け入れる。それ以外は、前に暫定的に受け入れたがもはや最善の候補ではなくなった学生も含め、全て拒否する。学校は学生の志望順位は考慮に入れない。出願を受けた全学生の中で、学校側の希望順位が高いかどうかだけに注目する。
  • 拒否される学生がいなくなった時点でアルゴリズムは終了。この時点で各学校は最終的に暫定受け入れをした学生に入学許可を出し、学校と学生がマッチングされる。裏を返せば、学生がいなくなる最後の時点までは、全受け入れが保留される。

1962年に発表されたこのアルゴリズムがすごいのは、お互いにとってより望ましいペアは決して発生しない点。なぜか?

例えばある学生A君と、入学を希望したH高は互いにマッチングされていないとします。キーワードは「互いに」。

A君はO高に入学したが、O高よりもH高に行きたかったかもしれない。しかしこのケースでH高がアルゴリズムの実行中にA君に入学許可を出したはずはない。なぜなら、もしもH高がA君に入学許可を出していたら、A君はH高に入学するはず。

H高がA君に入学許可を出さなかったかのは、H高がA君より高得点の学生で定員枠を満たしたから。よって、A君がH高とのマッチングを望んでも、H高は応えてくれない。A君とO高は、マッチング可能な中で一番希望順位が高い相手と「互いに」マッチングされたとさ。

多くの中学3年生とその保護者、先生が、公立高校受験にあたって、純粋な志望動機と学力以外に「戦略的な賭け」を強いられている日本。第一志望校に落ちたら、第二志望校の合格ラインを上回っていても、その高校を第一志望とした子が優先されて、どこの高校にも行けなくなるかもしれない。

そんな不安から本来の志望順位よりも低いが合格確実な学校に出願し、入学するケースはちょいちょいあるだろう。安定マッチングを図ることで、学生、学校双方がよりハッピーになってもらいたいもんだ。

市場調整のためのチャレンジ

いい市場であるためには、それが厚みのある市場、すなわち、多くの買い手と売り手に容易にアクセスできる状態であることが必要。そのためのチャレンジは4つ。

  1. 早すぎるゆえのトラブルを解消する。
  2. 混雑によるトラブルを解消する。
  3. 信頼性、安全性、簡便性を確保する。
  4. 不快感を尊重する。

1. 市場が早すぎるオファー、例えば就活における青田刈りや、未公開情報によるインサイダー取引など、抜け駆けを認めてしまうと、マッチングがうまくいかず、全体として満足度が下がったり、本来市場が開いている時間に買い手と売り手の厚みがなくなって効率が悪くなるので、適切なデザイン、ルールが必要。

2. 混雑、すなわちマッチングに時間がかかりすぎると、関係者に負担がかかったり、マーケットが拡大できなくなる。この問題を、AirBnBはスマホの浸透によって解消した。以前なら個人宅の空室を確認するには個別にメールを1日かけてやりとりする必要があったが、スマホの登場で即時性が大幅に向上した。

3. 市場が安定するには、詐欺にあわない、不利益を被らない、といった安心が大切。ECはレビューという信用を与える機能を実装して売買が盛んに。志望順位や性別で合格率が変わる制度では、受験者は安心して真の選好に沿って出願できない。信頼できるアルゴリズムがあれば、売り手、買い手が積極的に参加できる。

4. 世の中には「不快な市場」もある。臓器のように金銭取引に抵抗を感じるもの、麻薬のように違法でも存在し続けるもの、鯨肉のように文化的背景で意見が割れるもの。他人の不快感を考慮したり、ときには禁止するより行動を誘導したり代替物を提供する方が目的に近づくことが出来る。

 

個人的に、正しいと信じていることに関しては、反論を無視してしまう傾向があるので、相対するニーズを把握してマッチさせ、効果的に進められる仕組みをデザインしていくことを、ビジネスでもプライベートでも意識したいと思う。