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『日本史サイエンス』神風や天才だけが理由じゃない。文系x理系的アプローチで「歴史の謎」を解明する。

日本史、世界史の「歴史の謎」。真実を知るにはタイムマシンが必要?

史料を最大限活かした合理的な条件設定と、基礎的な物理の法則に基づく証明。2つを組み合わせることで生まれた説得力のある仮説を、大いに楽しみました。

著者の播田安弘氏は船舶設計のプロ。歴史家ではありませんが、深い船舶設計の知識と理系的な好奇心で、船がからむ下記の3つの歴史の謎に挑みます。

  1. 元寇は偶然にも「神風」によって撃退されたのか
  2. 秀吉はなぜ超短期間で軍の「大返し」を実現して光秀を討てたのか
  3. 戦艦大和は単なる「時代遅れの大艦巨砲主義の産物」だったのか

播田氏のすごいところが、その好奇心が専門である船舶に関する知識を大きく越えて、なぞを解明するために物理法則を丁寧に当てはめていくところ。

歴史を動かすのは人です。そして人も物質である以上は、物理法則にしたがっています。

この至極まっとうな考えのパワフルさに、目から鱗が落ちます。

例えば「秀吉の大返し」について、播磨氏は丁寧に物理的検証を進めます。

  • 行軍時に必要な物資量を算出するため、行軍で消費されるエネルギーを運動強度とエネルギー消費量の関係を求める「メッツ」単位で計算。
  • 中国大返しにおける諸条件の運動強度を、自衛隊員の訓練や東日本大震災での救助活動にあたった警察官の活動にも詳しい第一人者に確認。
  • エネルギー消費量を踏まえ、必要な食糧、水の量、その重量、運搬のための馬の頭数、飼料の量を算出。
  • 自衛隊の行軍訓練も踏まえ、大返しのルート、当時の天候、衛生環境、装備から、踏破可能距離と京都の戦場に到着時に残された体力を推定。

これらの物理的検証を踏まえて、二つの仮説を提示します。

一つは、この困難な高速行軍を可能にするには、事前準備が必須であり、秀吉は事態をこの想定していたであろうこと。

もう一つは、秀吉および直属部隊は船による高速移動と「大返し」の事実をてこにして、畿内、近国の武将達を味方につけ、山崎の戦いでの主戦力としたこと。

いずれの仮説も非常に説得力がありますが、播田さんは潔く結びます。

ここからは歴史家の研究領域であり、私が口をはさむべきことではありませんので、検討はここまでとさせていただきます。

 本能寺の変については「日本史の謎」として様々な研究、推理が行われ、有力説だけでも、①野望説、②突発説、③怨恨説、④黒幕説、⑤義憤説があります。

いずれも仮説ではありますが、研究者の文献発掘、精査を踏まえると、光秀が仲間と恃む細川藤孝、忠興親子をはじめとする有力者たちに、秀吉が深く食い込んでいたことは確実です。

光秀が決起を打ち明けた時点で、その情報が共有され、大返しの準備に協力を得られたことでしょう。

そして、本来なら光秀軍の先方となって秀吉軍を防ぐべく期待されていた光秀の与力衆、池田恒興、高山重友、中川清秀ら摂津衆が秀吉軍の先方となりました。

「奇跡」と言われるほどのどんでん返しは、天才、一か八か、神風、そういった偶然でかたずけるべきものではなく、秀吉がその才能と個性を最大限活かして準備した、ある意味必然があったからだと強く感じました。

蒙古の撤退にしても秀吉の大返しにしても、歴史の謎とされているものは、「奇跡」とか「伝説」といった文言を纏っていることが多いようです。それが後世の人間の目までも曇らせているのかもしれません。

歴史の研究の本道が文献の発掘や精査であることはもちろん承知していますが、人間が行う解釈という作業にはどうしても先入観を排除しきれないところがあります。物理や数学の観点も採り入れた研究によって、日本史の未解決問題の謎解きが進むことを願わずにはいられません。 

これからの時代、過去を振り返るにも未来を形作るにも、文系的、理系的これらのアプローチを融合させることが大切だな、という気付きもくれる本書です。