花も実もある楽しい読書

人生とテニスに役立つ本

『シン・ニホン』日本を再発明する提案書

「未来を予測するのに一番いい方法は、それを発明することだ。」パソコンの生みの親、アラン・ケイの言葉です。

待ったなしの状況にある日本を、ベストな形で再発明しよう。安宅和人さんは、本書で我々にそう呼びかけ、すこぶる合理的な提案書を示してくれました。

AI x データによる歴史的革新期の今。コロナ感染症のインパクトに加速され、社会変化が体感できるほどです。だからこそメッセージが響きますし、仕事や今後の人生に活きる学びもたくさん。各章で特に気になった部分をまとめます。

1章:データxAIが人類を再び解き放つ

AIとは、速い計算機に、情報を処理するための情報科学技術(アルゴリズム)を実装し、最終目的に即した膨大な訓練(データ)を与えたもの。言うなれば、

計算機×アルゴリズム×データ=A

これがビジネスに与える影響は7つ。

  1. すべての産業がデータ×AI化する。人間や家畜などしかできなかったことをキカイがやれるようになる第二の産業革命が起きている。かつての機織り、開墾、鍛冶がすべて機械に置き換わったように。一度、キカイに置き換わると人力では太刀打ちできくなるため、対応せざるをえない。中国の盒馬鮮生スーパーに行くと、商品の脇の説明タグは、紙ではなく電子インクで表示。商品の入荷ごとに生産者情報が刷新され、スマホを当てると詳細な情報を画像とセットで見られる。POS、物流システムなど、データ×AIとの相性がよかった小売産業。近隣からネット注文を受けた商品が、物流センターを兼ねた店舗自体から短時間で自宅に届くラストワンマイル等も含め、進化は続く。
  2. 意思決定の質とスピードが上がる。戦術レベルでは、日常オペレーションの判断の多くをキカイに任せ、人はより難しい問題に集中できるようになる。戦略レベルでは、情報が生々しく可視化され、意思決定の質が上がる。経営分析の多くは自動化され、ほぼリアルタイムに。全量データを活用した判断が基本になり、これまで切り捨ててきた発生データ数が少ない部分も含めた特徴や意味合いが可視化され、より精度の高い意思決定につながる。
  3. 状況把握から打ち手まで1つのサイクルになる。①サービスの価値が上がる。②より利用が増える 。③データが増え状況把握が進む。④アルゴリズムの性能が上がる。⑤打ち手の質が上がる(→①に戻る)。このサイクルが無限にぐるぐる回るのがデータ×AIシステムを回すということであり、正のスパイラルが効きやすい=先行者利益が効きやすい。従来型のPDCAサイクルは半ば終焉し、サイクルのパフォーマンスを見ながら、サイクルそのものを改善することが肝になる。
  4. 集合知的なAIを作れるかのゲームになる。先にAI=計算機×アルゴリズム×データ、だと述べたように、どれかを莫大に持っていても、どれかが欠けると答えはゼロ、AIは作れない。データ×AI化が進むということは技術保持者とデータ保持者、データ保持者間の協働が進む。江戸の呉服店が「あそこのお嬢さんがそろそろ婿を取るらしい」という話を聞いてきて提案をしに行ったように、商売の基本は持っている人と欲しい人をつなぐこと。データも持っている人と必要な人をつなげなければ価値を生まない。これを禁じたり自前にこだわることは、自社でさまざまなデータを持ち、ネットワーク化し得るメガプラットフォーマー(GAFAとBATJ など) が圧倒的に力を握る社会となることを意味する。どこよりもデータがつながりやすくして、データ利活用を推進する国や市場が、人類の未来を生み出す場となる可能性が高い。
  5. マッシュアップエコノミーの時代になる。異なるものを組み合わせて一つにしたり、公開情報を加工、編集して新しいサービスとする力。たとえばUber。要である、顧客とドライバーをマッチさせる部分、その評価、プライシングシステムは自社で握ってきたが、地図、決済システム、通話・SMS機能は各社APIに任せてサービスを迅速に立ち上げた。「データはある」と言う会社は多いが、それをすべてリアルタイムでキカイが読み込めるようにデジタル化して、社内向けにAPIができている=サービスに使えるようにつなぎこみができている会社はどのぐらいあるか。データも商品も、流通しなければ価値を生まない。鎖国時代の日本で言えば、APIは出島。出島は情報交流や貿易を通じて富や知識を生み出すハブとなったが、よりオープンにした方が経済や技術は活性化する。Uberは自社サービス自体をAPI化して外部 に提供し、自社への送客も強化している。要素をつなげ、そしてサービスをつなげ合うことが成長の大きな要になっている。
  6. 事業および収益構造が二重になる。データxAI化する世界には完成はなく、常にその商品やサービスは学習し、変化し続けるので、商品を販売して終わりではなく、その後のメンテナンスを通じた機能進化を伴うサービスが重要になる。わかりやすいのはスマホのアップデート。ドラマチックなのはTeslaの例。2019年8月 29 日、ハリケーンが米国東海岸を襲った際、イーロン・マスクは「この台風の進路上にあるTeslaの多くは、一度の充電でこれまで考えられないほど多くの距離を突然走れるようになる」と発表した。ソフトウェアで機能を抑えていたTeslaの廉価モデルの充電力を、遠隔からの操作で解き放ったのだ。
  7. ヒューマンタッチがより重要になる。人間は合理性を求める一方、ヒトの温かみ、ヒトを通じた価値を大切にする生き物。AIとデータが得意なことはそれに任せ、浮いた余力をヒトにしか生み出せない価値の打ち出し、ヒトにしかできないこだわりや温かみの実現を目指していくことが、ビジネスの勝負所になる。

これまでは「スケール」を取り、大きな売上、付加価値、利益を生むのが、富を生む基本方程式だった。しかし現在は、「未来を変えている感」が企業価値に。これをテコに投資し、最終的に付加価値、そして利益につながるという真逆の流れになった。未来は我々の課題意識や夢を何らかの技・技術で解き、それをデザインでパッケージングしたものと言える。「未来=夢×技術×デザイン」だ。

かつて学生の間で違法音源のたらい回しがはやったMP3プレーヤー。そこに2001年、唐突に現れたのがiTunes、そしてiPodだった。合法化された音源が圧倒的に洗練されたデザインとユーザインターフェースを持つデバイス、そしてソフトウェアと共に現れたインパクトは絶大だった。ポータブル音楽プレーヤー業界をゼロから生み出し、ソニーのウォークマンをほぼ完全に置き換えた。この進化が2007年のiPhoneにつながり、音楽、電話、コンピュータ、そして世界そのものを根底から変えてしまった。

音楽をデジタルのままで聴き、持ち歩くという点ではほとんど同じはずのMP3プレーヤーとの差は何だったのか?それは描いた絵の大きさと、デザインだ。画期的なクリックホイール、シックで洗練された画面での曲探しに代表される「意匠」、iTunesに代表されるソフトウェアとの完全なる融合を含めた「商品・サービス設計」、デジタル音源の版権処理、それを流通させるクラウドの仕組みまで含めたビジネスプロセスまで、すべてが一体となったデザインだ。

技やテクノロジーの強さ(技術)はもちろん大切だが、新たな価値観の挑戦(夢)とそれを形にする力(デザイン)こそが我々の未来の価値を生み出していくもう一方の力になる。  

2章:「第二の黒船」にどう挑むかー日本の現状と勝ち筋 

平成の30年間、日本の成長率は低かったが、逆に言えば「日本の生産性」には厖大な伸びしろがある。もう一度世界から学び、「解き放たれていない3つの才能と情熱」を解放すべきときだ。

まず、若い才能の3割が貧困で埋もれている。購買力平価ベースで日本の最低賃金はG7はおろか韓国よりも低い。しかも最低賃金付近に労働者の多くが張り付いている(2014年で13.4%)。弱い人たちをさらに犠牲にすることで回る構図だ。若者が教育を受け、貧困から脱出可能にする必要がある。

女性の伸びしろも大きい。日本人は給与労働時間が長すぎて、女性に家事労働を押し付けざるを得ない。一人あたりGDPはイタリアのほうが1割低いが、半分以下しか働いていないイタリアの人たちのほうが人生は豊かだ。アメリカの名門アイビーリーグ8校の2019年新入生女子比率は最低でも49%以上。かたや東京大学は20%未満。主要大学での教育が社会のリーダー層を生み、日本だけが逸脱している現状を鑑みると、他国同様、主たる大学は女性の定員に量的な目標設定を行い、段階的に50%に近づける努力を意図的に行うべきだ。

3つ目は「65歳で伐採」されるシニア層だが、この点は5章で詳述する。

18世紀からの産業革命を振り返ると、3つのフェーズがある。フェーズ1は、電気の発見や蒸気機関など、新しい技術やエネルギーがバラバラと出てきた最初の100年。フェーズ2は、この新しい技術が実用性を持ち、さまざまな世界に実装された段階だ。エンジンやモーターなども小さくなり、クルマやミシン、家電などが続々と生まれた。フェーズ3は、この新しく生まれてきた機械や産業がつながり合って、航空システムのようなより複雑なエコシステムが次々と生まれた段階だ。通信回線、通信技術、端末がつながり合うインターネットもこの段階で生まれている。

今は新しいデータの産業革命のフェーズ1だ。急激にビッグデータが注目されはじめた2012〜13年頃は、講演に行っても機械学習や自然言語処理という言葉の意味から説明する必要があった。現在は一般の方ですら「ディープラーニングって聞いたことある?」と普通に口にし始めていることからして、フェーズ1が終わりに近づいている。これから産業革命同様のフェーズ2、3が来ることはほぼ間違いない。フェーズ1で生み出された技術が広まり、すべての空間、機能、サービスがスマート化するようになる。何でもセンシングされ、いろいろなものが見えないところで最適化される。まさにフェーズ2だ。

フェーズ2、3を考える上で見逃せないのが、データ×AIの出口である。音声、画像、言葉を含む外部から入ってくる基礎的な情報、すなわちデータをどのように仕分け、識別するかが入口。出口はヘルスケア、住宅、教育、金融など実際の産業での用途、もしくはその構成要素としての調達、製造、物流、マーケティング、人事といった機能だ。これらをセットにしてどのような社会を目指すか。まず目指すべきはAI-readyな社会だ。そのための課題は8つ。

  1. 人間の仕事をキカイに置き換えるだけではなく、夢を実現するためにAIとデータの力を解き放とうとしているか。自動化できるものは当然し、従来不可能だった新しいことを行い価値を生み出そうとしているか。
  2. 文系含め高等教育を受けたすべての人が理数・データ素養を基礎教養として使うことができているか。大半の会社が社内人材で、事業の刷新、創造、運営の要を担っているか。
  3. 既存のICT的業界だけでなく、すべての業界がデータ×AI化し、あらゆるところで恩恵を受けているか。
  4. データやAIを使いたい人や会社が、各種のAIをマッシュアップ的に使えると共に、コアは自分たちで磨き込み競い合えているか。すべてをブラックボックス化せずに、共有され学び合う状況が生み出せているか。
  5. データを抽出、統合、クリーニングだけで多大な時間と労力がかかるのではなく、大体のデータがリアルタイムに近い形で引き出せ、そのままつないで使うことができるのか。
  6. データやAIはつなぎこまないと価値を生み出せないことを、市民/利害関係者が正しく理解できているか。
  7. 大量データ処理、AI技術に関し、十分に高い独自技術を〝枯れた〟(十分に使いこなされた)状態で持てているのか。
  8. 変革の時代に即し、理文、専門にかかわらず理数・データ×AI、デザイン素養をベースに持つ境界・応用型の人材育成モデルになっているか。未来を信じ、国力に見合ったレベルで、十二分にAI-readyになるようリソースを投下し続けているか。

データの産業革命フェーズ1では日本は米中に出遅れた。しかし新技術を効果的に実装化するフェーズ2において日本に勝ち目はある。世界でもこれほど妄想ドリブンな情操教育を行ってきた国は珍しい。日本のマンガやアニメ、数多くの本などに登場するアイデアの突飛さは世界一だ。一番大変なアイデア創造を柔軟に培ってきた点で我々は先行している。人類はこれらを解き放つための新しいテクノロジーの多くを手に入れた。あとは躊躇なくやってみて、それから学び修正するというデータ×AI社会の基本サイクルをガンガンと回していくことだ。 

圧倒的なスピードで追いつき一気に変える。過去にも日本は経験している。明治維新や戦後復興だけではない。かつての最先端学問と言える仏教は、開祖の釈迦がいた紀元前5世紀前後から1000年以上も経て日本に伝来した。8世紀に、空海のちの弘法大師は、留学先の唐にて2つの密教の奥義伝授を共に数ヶ月で受けるという偉業を成し遂げ、一気に最先端の仏教哲学に到達した上、さらなる地平を切り開いた。空海は「虚しく往きて実ちて帰る」という言葉を残したが、当時世界一の国である唐から、土木・建築まで含む、密教以外にも最新の文化体系を半ば丸ごと持ち帰り、日本は文化的に一気に追いついた。

概念の受け皿である日本語はそもそも、漢字、仮名、カタカナ、アルファベット、アラビア数字、サンスクリット(梵字)とどんな外来概念でも飲み込める言語体系と文化の柔軟性が際立っている。

あとはそれをやる人を育て、育てられるようにリソース配分をすることだ。

3章:求められる人材とスキル

これまでは現状の「改善」、今あるものの「刷新」が価値の源泉だった。今、大きな価値を生み出すのは、妄想を形に変える「創造」だ。「ヤバい」未来を仕掛ける担い手として若者が本当に重要だ。たとえば、エジソン。彼は先生と馬が合わず小学校を3ヶ月中退している。このような才能、異人を何とかうまく育てあげられたところに人類の幸運がある。通常の軸に乗らない「いい意味でヤバい人材を一人でも生み出せるか」が大切だ。

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資料:内閣府 知的財産戦略ビジョンに関する専門調査会での安宅和人投げ込み 2018/11/16

これからは下記の3つの力を持った、データやAIを使い倒せる人とそうではない人の戦いになる。

  • データサイエンス力:統計数理、分析的な素養の上、人工知能などの情報科学系の知恵を理解し、使う力。
  • データエンジニアリング力:データサイエンスを意味のある形に使えるようにし、実装、運用できる力。
  • ビジネス力:課題背景を理解した上で、ビジネス課題を整理し、解決する力。

その先、必要になってくるのは、夢を描く力、妄想力、そして自分なりに見立てる力だ。キカイが出してくる指示をそのまま伝えても多くの人は動かない。まずは自分が腹落ちした上で、それぞれの人たちに、これまでの文脈、これからのビジョンも合わせて、受け手に合わせて説明し、納得させて動かすのも大事な仕事になる。データやAIの力を解き放ったときに求められるのは、様々な価値やよさ、美しさを知覚する力であり、人間力になる可能性が高い。「知覚」を磨くことが大事になる。

情報処理的な、入力→処理→出力、の流れは、コンピュータでも中枢神経系でも変わらない。この入力の段階で、情報を感知し、意味を理解する、これが知覚である。知覚は経験から生まれる。生後3-4ヶ月まで真っ暗闇で育てられたサルは、成長しても丸や四角の簡単な形の区別ができない。我々は意味を理解していないことは知覚できない。大半の人はアインシュタイン方程式の美しさどころか意味すらわからない。一般相対性理論を理解できるだけの物理学、その基礎となる数学についての知見と訓練が欠けているからだ。

知覚を広げる「経験」には、日常生活や仕事、学習などで新しいものを見聞きする「知的経験」、人との付き合いや関係、文脈などから学ぶ「人的経験」、それらの知的、人的な経験の深さの上で、多面的、重層的にものを見て、関係性を整理する「思索」の3つがある。その結果として育まれた知覚に基づく人間の知的生産は、そう容易にAIに置き換わるようなものではない。

我々を極めて強力にアシストするキカイが生まれたと考えるのが正しい。むしろ情報処理のスピードが増す分、各自が知覚できる領域は拡張し、そのために理解できることが望ましい領域も広がっていく可能性が高い。よく希望的観測と共に言われる「AIがあれば知識は必要なくなる」という話と真逆だとも言える。

新しい領域に挑戦することによって、知覚できる領域が増えてくると共に、アイデアの枯渇を防ぐことができる。単なる論理的な思考だけで何か価値のあることを生み出すことは厳しい。下記のような学び、訓練を通じて、知覚できる領域を一つひとつ増やしていくことが未来につながる。単に新しく知ったことを覚えるだけではなく、自分としてハッとしたこと、新しい驚きの意味合いを述べられるようになること。これから必要なのは、「スポンジ力」より自分なりに「引っかかる力」だ。

  1. 現象、対象を全体として受け止める訓練をする
  2. 現象、対象を構造的に見る訓練を行う
  3. 知覚した内容を表現する
  4. 意図的に多面的に見る訓練をする
  5. 物事の意味合いを深く、何度も考える

4章:「未来を創る人」をどう育てるか

単に博学である、決まりを熟知してそつなくやる、といった力はマシンの方が得意になる。これからの時代は、データ×AIの持つ力を解き放ち、そしてその人なりに感じたことを自分の言葉で人に伝えられることが大切だ。その基礎になるのは生々しい知的、人的経験、その上での深い思索に基づく、その人なりの「知覚」の深さと豊かさだ。

このような時代に必要な人材の定義と育成方法の解説に割かれた章だが、面白いのは、「ミドル・マネジメント層」の再活用だ。我々世代は、急激に変化する社会、技術、文化についていく努力をしなければ「ジャマおじ」化するが、旧来型とはいえもっとも教育・知的レベルの高い人たちが集まっている。この層に多い分析に強い人間がデータアナリティクス的な強みを持ち、現在の業務をどんどんデジタル化していく変革担当として活躍することは可能だ。また、深い専門知識と、人を励まし育てるスキルを掛け合わせることで、人によってはその仕組みをつくる設計者のような役割を担うだろう。未来を生み出す若い層から学び、認め、励まし、そして人をつなぐ。また資金や人員を当てるという「勝海舟」的な役割も十分果たしうる。

膨大な人数を抱えるこの層のスキル再生を可能にするには、高校、専門学校、大学などの学校システムをおいて他にない。そして、まず少数に対して教え、その教えた人たちのうちの何割かがさらに教える側に回る、この繰り返しで教えることのできる人数を数倍に増やしていく展開が必要だ。教えることで理解が深まる価値もある。

変化のスピードが指数関数的に加速している現代では、誰もが少なくとも10-15年に一度は半年から1年半ぐらいかけてスキルを刷新できることが望ましい。

なお、データ×AIリテラシー以前の能力として、分析的に物事を捉え、筋道だてて考えを整理し、それをヒトに伝える力の要請が必須だ。そのためには「国語」と「数学」だが、現在の高校までの教育では問題がある。

この国の国語の授業は「小説、随筆の書き手の理解」や「複雑な敬語、ソフトで角の立たない表現」などにエネルギーが割かれ、「論理的かつ建設的にモノを考える」構成能力や「明確かつ力強く自分の考えを口頭及び文章で伝える」伝達能力の育成が行われていない。日本における母国語教育とは空気を読む能力、社会に出たときに丸く角が立たず生きる力を鍛える場になってしまっている。

数学については、文理を分ける大学受験教育の結果、基礎的な数理・統計素養を身につけずに社会に出る学生が大半になっている。理文・専門を問わず、高校数学までは理解し、数学が楽しいと感じているような状況が必要だ。社会では計算はキカイがやるので、必要なのはこれらを「道具」としてつかえること、苦手意識を持たないことだ。 

5章:未来に賭けられる国にーリソース配分を変える

かつては優秀な層の多くは東大法学部などを経て官界に入ったものだが、現在彼らが向かう先は、外資、データ×AI系、そして法律家、経営コンサルタントなどのプロフェッショナルの世界だ。研究を続けたい学生も、中国を含めた海外の大学に移っている。日本という国が若者や研究開発といった未来にお金を投資していないが故に、日本から有能な人材が流出しようとしている。

この国には本当に未来への投資をするお金がないのだろうか。国家予算は約100兆円とされるが、実質はさらに大きい。毎月我々が支払っている社会保険料は同額を企業も支払っており、総額は税収より大きい。基金運用収入を含めた約70兆円を加えると、日本の国家予算総額は約170兆円。2016年のGDP、国の生み出した付加価値が537兆円のほぼ1/3だ。社会保障給付費の内訳は年金が60兆円近く、医療費が40兆円近くある。医療費の60%が65歳以上で発生すること、国債費は半ば過去の社会保障給付費であることを加味すると、我が国の予算の多くはシニアと過去に使われている。

一方未来への投資にどのぐらいかかるのか。研究者の待遇改善、博士育成、大学・国立研究機関の交付金、業務改善で1兆円。小中学生のAI-ready化、大学生の学費生活費補助に6700億円。科学技術の補正予算で5000億円。合わせてみると、2兆円超、実際には相当の重複があるので2兆円で十分なんとかなる。社会保障給付費120兆円に比べると2%以下だ。社会保障給付費を半分にしろとかいう話ではないのだ。企業の予算や経営計画を見ても、数%の余力を生めないような予算は普通存在しない。しかも現在は歴史的な革新期。相当のものが自動化し、効率化し得る恵まれた局面にある。世の中で喧伝されるほど悲観的に考える必要はない。普通のマネジメントをやればそれでよいのだ。

日本の今の社会は65歳での「伐採」を前提としたシステムだ。90歳近くまで生きる人が多い、その数年前までは元気である人が多いにもかかわらず、社会での生産活動から切り離されてしまう。これは3つの大きな課題がある。第一に生きがい、第二にエコノミクスだ。一人でも多くの方が、倒れて動けなくなったとき以外は社会の役に立つ、そして社会保険料を生み出す側に回るのが、大きなコミュニティ維持の視点では正しい。第三はダイバーシティでありスキルだ。この方々の多くは経験値の高い熟練ワーカーだ。この方々を社会から伐採するということは、膨大な経験値を捨ててしまうことになる。それを最大限活かすことは、純粋に社会にとって価値がある。

現在、労働人口を数える際に日本では15歳以上65歳未満をとるが、中卒で働き始める若者はほとんどおらず、熟年者には社会で付加価値を生み出す体力もスキルもあることを考えれば、実際には20歳以上90歳未満ぐらいにすべきなのではないだろうか

未来のための原資を作り出す私案

①調達を見直す、②あらゆるコスト前提、必要前提を疑う、③データドリブンに今発生している大きなコストをしっかりと解析して、打ち手を打つ、④松竹梅化の視点をさまざまなものに導入する、⑤自動化できるものは片っ端から自動化する、⑥煩雑なプロセスを見直し、コアプロセスを再整理する、⑦医療は治療・ケア以前にできるだけ予防する、⑧都市以外、特に過疎地域におけるインフラコストを劇的に下げる。

ダーウィンが言ったように、生き残るのはもっとも強い種ではなく、もっとも変化に対応できる種だ。そして一番いいのは、未来を自ら生み出すことだ。振り回されるぐらいなら振り回したほうが楽しいに決まっている。未来は目指すものであり、創るものだ。

6章:残すに値する未来

 この星は今どうなっているのか。まず食物。日本は世界に冠たる水産王国だが、水産資源は枯渇しようとしている。太平洋のマサバは1978年には漁獲量が147万トンもあった廉価とされてきた魚だが、1990年には2万トンという絶滅に近い状況だった。2016年には33万トンと回復基調に見えるが予断を許さない。二ホンウナギの稚魚は200→4トン(1960→2018)、ヤリイカは1.4万→16トン(1977→2003)、アカイカは15万→3600トン(1983→2016)まで減少している。

野生動物をはぐくむべき地上の自然も変質している。ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『ホモ・デウス』にあるように、地球上の大型動物の重量構成は、人間が27%、家畜が64%、野生動物は9%。この星の動物の9割以上は人間世界のものなのだ。我々の目には自然豊かと見える森林だが、スギやヒノキの単層の森は多様な生物の生息には適していない。

そして人間は一人あたり10.2トンのCO2を生み出しているが、これは象1頭と同じくらい。日本に1.2億頭の象がいたら、この国土で養っていけるか。これまでのやり方では地球がもたない。残された時間は10-30年程度という前提のもと、新しいアプローチとして国連のSDGsはある。

日本で進んでいる人口減少は必ずしも悪いことではない。人類の生産性は過去200年かけてほぼ100倍に増えてきた。新しい技術革新が起きる中、100年で10倍程度の生産性向上は可能だろう。日本人が持つ妄想力とキャッチアップする力を組み合わせ、データ×AI的な力を持つことができれば、必ずや楽しい、ワクワクする未来が生まれてくるはずだし、労働の自動化、テレワークの流れが進むのは確定的だ。これまでと同じアウトプットが格段に軽い労働、高い生産性で可能になるのは間違いない。

日本人が日本の国土でまかなえるCO2排出量は、人口が現在の3分の1、一人あたり排出量を今の半分弱になると達成される。ゆるやかにここに向かって移行していくという想定は、将来の日本人にとっても地球にとっても、決して悲観すべきものでもない。

著者は解のひとつして、現在の都市化に対する新しい価値としての「風の谷」構想と、地方における「コンパクトシティ」の実現的な解決方法として「菊の花」構想を提唱している。

至るところが限界集落となって古くから人が住んできた集落が捨てられつつある。この1-2世紀、世界のどの国も人口は爆増してきたのに、だ。これは世界中のあらゆる場所で人間が都市に向かっているということだが、このままでいいのか。このままでは映画『ブレードランナー』のように人間は都市にしか住めなくなり、郊外はすべて捨てられてしまう。そんな未来を生み出すために僕らは頑張ってきたのか。これが僕らが次の世代に残すべき未来なのか。今、データ×AIや、それ以外にも数多くのこれまででは不可能だったことを可能にする技術が一気に花開いているが、これらはそもそも人間を解放するためにあるのではないのか。テクノロジーの力を使い倒すことにより、僕らはもっと自然と共に生きる美しい未来を創ることはできないのか?そうだ!「風の谷」だ!

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ブレードランナーの世界

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Leica M7, 1.4/50 Summilux, RDPIII @Lake District, UK

「風の谷」はどんなところか

  • よいコミュニティである以前に、よい場所である。ただし、結果的によいコミュニティが生まれることは歓迎する。
  • 人間が自然と共存する場所である。ただし、そのために最新テクノロジーを使い倒す。
  • 水の音、鳥の声、森の息吹……自然を五感で感じられる場所である。ただし、砂漠でもかまわない。
  • 高い建物も高速道路も目に入らない。自然が主役である。ただし、人工物の活用なくしてこの世界はつくれない。

「風の谷」はどうやってつくるか

  • 国家や自治体に働きかけて実現させるものではない。ただし、行政の力を利用することを否定するものではない。
  • 「風の谷」に共感する人の力が結集してでき上がるものである。ただし「風の谷」への共感以外は、価値観がばらばらでいい。
  • 既存の村を立て直すのではなく、廃村を利用してゼロからつくる。ただし、完全な廃村である必要はない。
  • 「風の谷」を1つ創ることで、世界で1000の「風の谷」が生まれる可能性がある。ただし、世界に同じ「風の谷」は存在しない。

「風の谷」が大切にする精神

  • コミュニティとしての魅力があること。ただし、人と交流する人も、一人で過ごしたい人も共存している。
  • 既存の価値観を問い直すこと。ただし、現代社会に背を向けたヒッピー文化ではない。ロハスを広げたいわけでもない。
  • 既得権益や過去の風習が蔓延らないこと。ただし、積み重ねた過去や歴史の存在を尊ぶ。

コンパクトシティは、現在のところ経済的にもっとも効率的に回る「都市という答え」を地方都市や郊外に持ち込むもので、地方都市のサバイバル方法としては筋が通っているが、あくまで地方都市を効率よく回すためのソリューションだ。「風の谷」のように美しく自然豊かな空間を生み出すことを目指すような話ではない。ただ、いきなり「風の谷」が子育て世代まで含めて持続的な営みが可能となるのは難しいので、コンパクトシティを現実的に回せるようにする「菊の花構想」も提唱している。

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安宅和人『シン・ニホン – AI×データ社会における日本の再生と人材育成』 (NewsPicksパブリッシング 2020)図6-31

この構想が実現すると近くに同世代の人が多く住んでいるため、人と会うためにデイケアにわざわざ出向く必要もかなり減る。集まる場も菊の花ループの近隣に、簡単な広場なのか公園などがあればいいだけだ。すぐに実現させるのは無理でも、効果を見つつ、課題解決も進めつつ、10〜20年かけて寄せていく。住む場所は別に老人ホームのようなものである必要はない。増えて困っている空き家や空き部屋を借り上げるなり、賃貸の補助を付けていけばいい。これが実現できればシニア層のQOLは大幅に上がると同時に、健康医療システム全体の経費は下がるはずだ。若い人たちがこの都心(病院近隣)地域に住む際はコストを若干多く持ってもらい、逆に「谷」的な場所に住むインセンティブをつける、ということをやればなだらかな移行は十分可能なのではないか。

 

安宅さんは、もやっとしていたり大きすぎたりして、我々がどう手をつけたらいいかわからない問題を、言葉や図にまとめて、直感的に理解できるようにする力がものすごいと思います。「シン・二ホン」構想を、我々が個々に貢献できる、自分がインスパイアされ、携わりたいと思う分野でチャレンジすることで、日本はまだまだいい国として、次世代にバトンタッチできると感じています。