奥さんへの、感謝の気持ちと大切さを自然と思い出させてくれる本。筆者の川本三郎さんは映画、文芸評論の第一人者。35年連れ添い、先立ってしまった7歳年下の奥様との思い出が、さまざまなエピソードごとにつむがれています。
自分と著者の夫婦関係は違いが多いでしょうし、長い夫婦生活の間には楽しいことだけでなく、辛いことも沢山あると思います。ただ川本さんが切り取る、「他愛もない会話がいまは懐かしい」、そのような瞬間はどの夫婦にもあるはずで。「親子」よりも長く暮らしていく「夫婦」という関係を、出来るだけ多くの楽しい思い出で埋めていきたいですよね。人間の忘却機能により、辛い思い出は徐々に薄れ、楽しい思い出だけが残るとしても、思い出がなければ思い出せませんから。
あるエピソードに続く著者の言葉をひとつ紹介します。
一人になってしまったいま、いちばん寂しいのは、こんな無駄話が出来なくなってしまったことだ。「善福寺川緑地の桜がもうすぐ満開になるよ」「塚山公園に行ったらこのあいだまでいた野良猫が姿を消していた」。
そんななんでもない会話をする相手がいない。仕方がないから位牌や写真に向かって話してみる。
子供がいなかったから夫婦の会話は他愛のないものが多かった。いま思い出してみるとそれが楽しかった。