外資系父ちゃんがすすめる100冊

妻と二人の愛娘と暮らす40代外資系課長です。続く転勤、キャリアの壁、夫婦関係など、不惑を過ぎて惑う日々。教養、ビジネス、夫婦関係、小説、マンガ、心に響く読書を通じて、悩める40代が制約を乗り越えて自由を拡大する。本の中身を実践しつつ紹介します。

10. 嫌われる勇気 岸見一郎・古賀史健 <人に惑わされずに生きる>

 アドラー心理学の意味を、青年と哲人の対談の形で綴った大ベストセラー。最初に読んだ時は、自分のパートナーに読んでもらって変わってほしいな、と考えていました。その考え方自体が、本書で言うところの考えても意味のない「他者の課題」でした。何度目かに「自分の課題」として読んで初めて意味が腹に落ちました。

 相手が不機嫌だったとして、その機嫌を直すのは自分の課題じゃない。相手の課題。出来るのは、何か手助けできることがあればする、と伝えることだけ。無理難題を言われて、相手の機嫌を直そうと自分のやりたいことを犠牲にしたり、へつらったりすることは「自分の人生を生きない」ということ。その意味で「課題を分離」し、「嫌われる勇気」を持つ。

 同時にそれは自己中心で生きることを勧めているのではなく、「共同体感覚」を大事にすること。共同体の最小単位は自分と相手。相手に何が出来るかを考え、コミットする。それにどう応えるかは相手の課題。そこはコントロールできない世界であり、そのためにやるのではない。自分の課題は、どのような貢献が出来るかを考え、実践すること。

ユダヤ教の教えに、こんな言葉があります。「自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば、いったい誰が自分のために生きてくれるだろうか」と。  

世の中の苦しみは全て対人関係であり、それに対する具体的な方策はひとつだと。すなわち、まずは「これは誰の課題なのか?」を考え、そして、課題の分離をする。どこまでが自分の課題で、どこからが他者の課題なのか、冷静に線引きする。そして、

他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない。

まじめな人ほど、そんな自分の欲望のままに行動することはできない、と思うかもしれません。しかし、実は「他者から嫌われたくないと思うこと」、これは人間にとってきわめて自然な欲望であり、衝動であると。カントはそうした欲望のことを「傾向性」と呼んだそうです。

そうした傾向性のおもむくまま、すなわち欲望や衝動のおもむくままに生きること、坂道を転がる石のように生きることが「自由」なのかというと、それは違います。そんな生き方は欲望や衝動の奴隷でしかない。本当の自由とは、転がる自分をしたから押し上げていくような態度なのです。

嫌われたくないから言うことを聞く、そのことの方が欲望のままに行動することなんだという指摘は「目からウロコ」が落ちる気付きでした。

他者貢献が意味するところは、自己犠牲ではありません。むしろアドラーは、他者のために自分の人生を犠牲にしてしまう人のことを、「社会に過度に適応した人」であるとして、警鐘を鳴らしているくらいです。そして思い出してください。われわれは、自分の存在や行動が共同体にとって有益だと思えた時にだけ、つまりは「わたしは誰かの役に立っている」と思えたときにだけ、自らの価値を実感することが出来る。そうでしたね?つまり他者貢献とは、「わたし」を捨てて誰かに尽くすことではなく、むしろ「わたし」の価値を実感するためにこそ、なされるものなのです。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え