0. 仕事、夫婦、暮らしを楽しくする本 サラリーマンN太郎のおすすめ

 このブログを読みに来てくださりありがとうございます。米系消費財メーカーで働くサラリーマンのN太郎です。仕事や伴侶に恵まれてきたはずが、「不惑」を迎える頃から、惑うことが増えました。10代は目の前のことにしゃにむに取り組み、20代は自由を謳歌し、30代で子供もできて責任ある仕事に挑ませてもらいました。会社でも、家庭でも、一所懸命、色々考えやってきたつもりでしたが。。

 会社では、課された仕事はやり切ってきました。しかし、圧倒的努力にもとづく飛び抜けた成果とか、引っ張り上げてくれる上役との密な関係とか、そういったものはあまり好きではなかったし、築いてこなかった。その一方で漠然と出世はしたいと思っていて。そうはいかないことに、40を過ぎてから気づきました。

 家庭では、二人娘を6年間育てた兵庫から、東京、名古屋、また兵庫と転勤。そしてまた東京に今度は単身赴任。嫁さんのことは大事に思っていたし、娘たちはホント可愛いのですが、ずっと私のペースで進めてきて、嫁さんには我慢させて。あげくの怒涛の転勤は、辛抱たまらなくなったのもしょうがないなと。

    40過ぎて、キャリアに限界を感じ、嫁さんもハッピーにしてやれてない。悩む中で、読書が支えてくれました。仕事、夫婦関係に光明を与えてくれた、そして自分の日々の暮らしを楽しくしてくれた本をご紹介させて頂きます。同じように、仕事やキャリアで悩むサラリーマン、夫婦関係で困難に直面した夫、読書を通じて暮らしのヒントや楽しさを探している本好きの方に、お役に立てばこんなにうれしいことはありません。

 

<仕事にも、夫婦にも。人生に効く本>

<仕事やキャリアに効く本>

<夫婦関係に効く本>

<日々の暮らしに効く本>

 

31. モバイルボヘミアン 本田直之・四角大輔 <自由な人生を責任を持って設計する>

 6年前に出版された本田直之氏の「ノマドライフ」が新しい仕事のやり方を提案していたとしたら、四角大輔氏との共著による本書は生き方の提案により重きが置かれています。

ノマドワーカーを「どこにいても仕事ができる人」とするならば、モバイルボヘミアンはそこに加えて、「仕事とプライベートの境がなくなってきている状態」を指す。旅するように生き、だれにも縛られずに自由に生きていける、究極の生き方と言えるだろう。詳しくは後述するが、どこにいても仕事ができる能力を身につけ、組織に依存せず、仕事とプライベートの垣根なく生きられるようになったことで、ぼくたちは「自分の時間」を取り戻すことができた。

  完全に会社組織に依存しない「独立」はハードルの高い変化。ただ、会社内にとどまるとしても、定例業務を回すのではなく、期間を区切って、求められた結果を出すことに集中する環境に挑むならば、疑似独立というか、フリーランスにも通じるのではないか。そう思うと、この本の読み方が変わると同時にワクワクしてきました。

モバイルボヘミアンの「モバイル」には複数の意味が込められているが、その一つは言うまでもなく、モバイルテクノロジーのことだ。 もしiPhoneMacBook、インターネットがなければ、ぼくはニュージーランド在住のただの釣り好きだし、ナオさんはハワイに住んでいるただのサーファーだっただろう。そして、「ボヘミアン」の語源は、「(ジプシーや放浪者のような人たちを指して)自由奔放に生きている人」というもの。 さらに、ぼくはそこに「古い慣習に囚われすぎず、自由な発想ができ、クリエイティブな思考を持つ人」、「世の中に流されずに自分の心や信念に従って生きている人」という解釈を加えている。ここで繰り返し強調したい。モバイルボヘミアンという生き方は、要はシンプルに「自分らしくいられる時間をできるかぎり長く持つための方法」であり、「仕事、表現、生活のクオリティを極限まで引き上げるための考え方」なのだ。

  私の場合、東京での単身赴任を解消した1か月後に新辞令が出て、神戸と東京を頻繁に行き来することになりました。幸いなことに単身赴任よりも家族と過ごす時間は増えたので、それぞれの場所で出来ることを活かし、思い切りメリハリをつけて暮らすことにしました。平日の朝から夜の早い時間までは東京、神戸で社内外の仕事仲間と集中して働く。家族といる時間はコミュニケーションやお互いのサポートを丁寧に行う。一人の時間は好きな西宮で好きなことをエンジョイする。その実践、実験をしようと。

重要なことは、過去10年で働き方がこれだけ変わったのだから、次の10年ではもっと変わる。そのときにあなたはどういう生き方をするのか?という問いを投げかけること。その答えを今、真剣に考えなければ、これだけの変化とチャンスがある中で、働き方や生き方を変えるタイミングを逃してしまうだろう。テクノロジーが進化したからといって、それを使いこなせなければなにも変わらないし、ライフスタイル自体を変化させなければ、テノロジーは活かせない。

  過去4年間は大企業の営業企画部という仕事柄、社内で定例の会議、会議、会議。営業部であるにも関わらずかなり内向きに仕事をしていました。新業務では社内会議が激減する一方、必要な時に質の高いアウトプットが出来るかが重要に。世の中で働き方が大きく変わろうとしている中で、同じ会社の中で働き方を変える機会が得られたのはラッキーでした。

モバイルボヘミアン、それはiPhoneをはじめとするモバイルテクノロジーを駆使して、旅するように、だれにも縛られずに自由に生きていくライフスタイル。なぜ今、ぼくたちがこの生き方をあなたに伝えたいのか。その 理由を具体的に理解してもらうために、まずはぼくたちが生きている時代の変化からおさらいしていこう。キーワードは、モバイルテクノロジーがもたらす時間、場所、会社、収入源という4つの制約からの「解放」だ。

iPhone。このデバイスと付随するサービスの急速な発展のおかげで、ぼくたちの「働く場所」に対する認識が変わりはじめていることは、あなたも少しずつ実感しているだろう。これまで、ぼくたちの働く場所はオフィスに「固定」されていた。会社に勤めるにしろ、経営するにせよ、ぼくたちは働くためにはオフィスに行かなければならなかった。デスクトップパソコンのある会社に行って、机の前に座って、仕事をする。それが常識だった。しかし今は、iPhoneがあればどこでも仕事ができる。ノートパソコンと決定的に違うところは、歩きながらだって仕事ができるし、机すら必要としないことだ。つまり、何時から何時まで会社にいなければいけない、という場所の縛りも必要なくなった。こうしてまず、「場所」が解放された。

  「場所」からの解放として、最近行っているのは、会議と移動の時間と重ねてしまうこと。新幹線の中からしばしばiPhone で会議に参加しています。Air Podsだと充電切れや騒音で難しかったのですが、SONYノイズキャンセリングフォンだと、音声は会議室での電話会議と遜色ないレベルに。EX早得だとグリーン席でも指定席と同じ値段の列車もあり、隣や前後も空いているので、小声であれば迷惑もかけませんし、がっつり発言するときはデッキに出ればいい。9時東京着で会議に出ようとすれば6時過ぎには新幹線に乗っていなくてはなりません。電話会議が可能な会社であれば、8時過ぎに新大阪で新幹線に乗って、30分考えをまとめた後に9時からの会議に参加できる。家族との時間もとりやすいですし、体もすごく楽になります。

場所が解放されて、次に解放されたのは「時間」だ。「労働時間は9時から17時まで」、「月に40時間働く」、「何時から何時までは会社にいる必要がある」。これが今までの常識だった。仕事にはかたまりの時間が必要で、最低でも数時間は会社にいて、パソコンの前に座って、ミーティングの時間をとって、といった具合に。しかし今はiPhoneがあるおかげで、かたまりの時間をとらずとも細切れの時間でどこでも仕事ができるようになった。

今はまだ、iPhoneのみで仕事をしている、なんていう人は少数派かもしれないが、考えてみてほしい。15年前まではノートパソコンを使っている人が少数派で、そこからたった5年ほどでそれが多数派になり、今では仕事に欠かせないものになっていることを。

iPhoneが登場したのは2007年。しかし、当時のスペックだとまだまだ仕事に使えるというレベルではなかった。そのあとアップグレードを続け、2010年以降にデバイスもインターネット環境も急速に進化してきたからこそ、どこでも仕事ができるという状態が当たり前になったのだ。 新しい価値観は、ひとたび「こちらの方が便利だ」、「こちらの方が効率いい」と理解された途端、古い常識や習慣を洪水のように押し流す。

 会議が多いと、どうしてもオフィスに縛られます。しかし関西勤務、東京勤務、といった制限を持たずに、各自が一番伸び伸びと働ける場所に住みながら活躍できるよう、モバイルの進化を活用することは会社にとってもメリットが大きいはずです。これだけ変化の大きな今の時期だからこそ、会社のルールに出来るだけチャレンジし、提案してみる。これは長期的に考えて会社への貢献になるはずです。そして自分自身が新しい価値観に対して柔軟に対応できるようになることは、今後すごく役に立つはずです。

固定された場所がない、ということは、固定されたチームもなくなっていく、ということ。会社というあり方そのものが「固定的」から「流動的」になっていき、プロジェクトごとに集まって仕事をして、終わったら解散。そんなプロジェクト型の仕事も増えていくだろう。

 向こう一年間の仕事を、プロジェクトとしてきっちり成功させる。その結果があれば、会社も私たちに価値を感じてくれるし、ホームロケーションや仕事の進め方、果てはやりたい仕事の内容まで、「自由」が広がっていく。社内にとどまる、社外で新しいチャレンジをする。それもより自由に考えられるようになるでしょう。

場所、時間、会社からの解放が進むことで、最後にぼくたちにもたらされるものは、「収入源」の解放だ。働く人たちの多くが、目の前の「忙しすぎる生活」に不満や違和感を抱きながらもそこから抜け出せない、そのもっとも本質的な原因は、「収入源」を1つに依存していることにある。もしあなたが一度に1つの会社にしか所属できないのであれば、もちろん収入源はその会社からもらえる給料1つだ。だが、働く人が会社からも解放されるとすれば、「1つの会社で、1つの固定した仕事をして、1つの収入源で生きる」という生き方自体が見直されていくだろう。

 複数の収入源を持つ準備もしていきます。ただ短絡的に副業にいそしむのではなく、現在の会社で自分が強みとしているコアスキルを磨き、社内での価値を高めて裁量権、自由を拡大する。それを活かして次のステップやもう一つの収入源確立につなげる。いきなりワープはできないので、段階を踏んで推進力を高めていきたいと思います。

名刺や組織力に依存する形ではなく、会社員が「個人」でコツコツと積み上げてきた経験や能力、社会的信頼を武器に仕事をしていく機会は間違いなく増えていく。だからこそ、たとえ会社員であってもフリーランスのような覚悟を持って仕事をすること、独力で生きるために必要な、どこでも通用するスキルを身につけようと意識しながら働くことが重要になってくるのだ。

「得意」でも「好き」でもないことを自分でやってみるとよくわかるだろう。要領を得ないからムダに手間も時間もかかってしまううえに、極端に疲れてしまう。多くの人がそういった「苦手な作業」に、一日の、いや人生の大半の時間を費やしてしまっている。「そんな人生はもったいない。すべての時間を好きなことに費やして『アーティスト』のように生きてみない?」と、ぼくは問いかけたいのだ。もちろん、ぼくやナオさんも20代のころは、そういった苦手な作業を「社会で生きるために必要なトレーニング」と捉え、必死にやった。たしかにその経験は、ぼくたちの土台をつくった。しかし、それを何十年もやり続ける必要はない。その「トレーニング期間」を経たあとは、自分の時間をできるかぎり「得意なこと」に投資すべきなのだ。

「得意なこと」。私の場合、人々の話を聞いて状況を理解、整理して、進みたい方向に向かって自分でも手を動かし、個々のチームメンバーが積極的に役割を果たせるように導くこと。でしょうか。強烈なリーダーシップを発揮したり、ブレイクスルーなアイディアをゼロから生み出したり、そういったことはあまり得意ではありません。意義があると信じることに手を動かすのは好きですが、納得していないが命じられてしまった資料作成は嫌です。自分が得意なことを明確にすれば、その方法を念頭においたプロジェクトの進め方が考えられるようになる。そうして自分が得意なことに時間を投資できるようになる。これを心がけていきます。

モバイルボヘミアンの特徴は、大きく分けると左記の3つだ。

・ワークスタイルではなく、ライフスタイルを基準に住む場所を選ぶ。

・旅するように生きる。

・仕事とプライベートの垣根をなくす。

「30歳までに心の故郷を見つけられた人はしあわせだ」。これは、ぼくが尊敬する、ある作家の言葉だ。心の故郷とは、自分が生きるうえで拠りどころになる場所のこと。自分の生まれ育った土地や、実際の故郷でもないし、働くためだけに住んでいる街でもない。 自分自身を取り戻すことができ、もっとも安心して暮らせる場所のこと。ぼくはそういった場所(=心の故郷)を「ホームプレイス」と呼んでいる。

   自分の場合、出身地の東京で働き始め、転勤で東京、神戸、西宮、東京、名古屋、西宮と住まいを変えてきました。実家も、学生時代含め一番長く過ごした場所も、東京です。ですが、西宮が大変気に入っています。子供達が育ち、家族みんなが友人に恵まれ、香櫨園浜や甲山、質の高いショッピングセンターもすぐ近く。いいテニススクールがあってスポーツ施設は豊富。神戸への通勤は空いていて、生活コストは東京より安い。そして家のそばを流れる夙川が美しい。ここをホームプレイスとしながら、仕事も遊びも家族の生活も充実させていきたいと考えています。

住む場所を決める基準はなにか?と聞かれれば、ほとんどの人が「仕事」と即答するだろう。「暮らすところ=職場に通いやすい場所」というのが常識だったから。もっと言うと、人類は、狩猟から農耕生活へ移行して以来ずっと、「暮らすところ=食うために便利な土地=人生の大半を過ごすところ」という基準で住む場所を選んできた。逆にこれまで、職場に縛られずに暮らすことができる人は、本物の遊牧民やジプシー、もしくは引退した富豪や、小説家や芸術家といった天才たちだけだった。しかし、今はモバイルテクノロジーを使いこなすことさえできれば、都会、地方いずれにいても、さらには移動しながらでも仕事ができるようになった。であれば、住む場所を決める基準はもはや「仕事」ではない、ということになる。住む場所を仕事中心ではなく、「自分のやりたいことを中心」に決めることができれば、必然的にすべての時間を、そして人生を、「自分のもの」にしていくことができる。

 サラリーマンであってもフリーランスの心意気でを仕事をする。具体的には、まず自分の役割を明確に定義する。フリーランスならば、支払いの前提として、契約書で役割が明記されます。サラリーマンでも、役割を明確にして上司と合意し、それを達成すれば、会社が価値を正しく評価できる。ちゃんと評価されれば、仕事の進め方、住まう場所、業務内容などの裁量権、サラリーマンとしての「自由」が拡大します。そして、どこでも通用する=外向きなスキルが身につく役割を取りに行く。社内プロセスを上手に回すだけでは社外で通用しませんし、徐々に仕組み化されて社内価値も減っていくはずです。仕事の成功方法には複数のルートがあるでしょうが、社外の人たちを納得させ、仲間にし、力を発揮させる。そういった方法を取っていきたいと思います。

こうして旅するように生きることで得られる利点は大きく3つ。

・「思考のモビリティ(柔軟性)」を得られる。

・「第3の拠点」をいくつも持つことができる。

・「〆切のある生活」が優先順位を明解にする。

これまで再三、その重要性を伝えてきた「自分を移動させられる力(モビリティ)」というのは、「身体を物理的に移動させる能力」だけの話ではない。「思考のモビリティ=頭の柔らかさ」こそ、実はもっとも重要なポイントなのだ。旅するように生きていると、毎日が「非日常」となり、強烈な刺激と劇的な気分転換に、繰り返し遭遇する生活が「日常」となる。こうした生活を続けていると、思考は自然に柔軟になっていく。そうやって得た思考の柔軟性は、あなたのクリエイティビティを拡張してくれる。

「ひらめき・思いつき・発想」や、なにかを改善したり、問題を解決する際に必要な「創意工夫」といった、ぼくたちの日々の生活や仕事で当たり前のように使っている、ベーシックな能力のことだ。そのクリエイティビティを高めるために土台として必要なものが、「思考のモビリティ」だ。型にはまった思い込みに縛られないこと、古くて機能していない常識をちゃんと疑えること、新たな流れや価値観を受け入れられること、といった頭の柔軟性のことを指す。つまり、思考のモビリティとは、「変化し続ける姿勢」のことでもあるのだ。

 

ぼくたちにとって仕事とは、すべて生き方に通ずるもの。一般的に言うような「仕事」はない。だから、週末も夏休みもないし、勤務時間もない。「疲れたから休みがほしい」といった気持ちもない。極論を言えば、24時間遊びまくっているのかもしれないし、24時間仕事しまくっているとも言える。一般的な仕事は、遊びとは別だ。仕事はつらくて大変なものだし、笑いながら仕事をしていたら「真剣にやれよ」と怒られる。だから、トレードオフとして、休み(プライベート)という概念が必要になってくるし、働く時間も制限しようという発想になる。しかし、ぼくの場合は、大好きなことを突き詰めていたら結果的にビジネスになった。もともと楽しいことしかやらなくて、それを突き詰めてやっているがゆえに、おもしろい仕事ばかりが来る。これは、モバイルボヘミアンの生き方を実践していなかったころには考えられなかったことだ。ただ、よく言われる「趣味を仕事にしよう」とか「好きなことを仕事にしたい」とは少し違う。そうではなく、「垣根をなくす」という考え方が重要なのだ。

 本田氏や四角氏と同じやり方が自分にできるとは思いません。人様と同じやり方である必要はないのだとも思います。しかし「意思あるところに道は通ず」と言うとおり、どんな生き方をしたいか、仕事をどのようにやりたいか、それらを出来るだけ明確にして、意思を持って進める。そうすれば、プライベートとビジネスの間の垣根が自然と下がり、クオリティオブライフが向上すると思うのです。ストレスのある仕事と、休みとしてのプライベートでバランスをとる「ワークライフバランス」ではなく、仕事は仕事で楽しみもストレスもありながらそれ自体で調和し、だからこそプライベートでも仕事につながる学びや成長を自然と行いたくなる、「ワークアズライフ」の方向で。

組織に依存せず、個人として生きるために最初に必要なことは「お金から自由になること」だ。そのためには、本気になってお金と対峙しないといけない。「生活収支の計算」や「お金の勉強」から逃げていると、「お金の呪縛」から永遠に逃れられず、勇気を持って行動を起こしたり、日々挑戦することができなくなる。社会人になり、給料が上がるとつい生活レベルを上げてしまい、全体的な出費が増えて行く。一度それに慣れてしまうと、収入の増減に振り回されるようになり、その暮らしを失うことがおそろしくなる。

だれもが陥る、この「お金の魔力」がもたらす「負のスパイラル」に落ちてしまわないためにぼくが実践したのは、自分の「ミニマム・ライフコスト」を把握することだ。ミニマム・ライフコストとは、ぼくがつくった概念で「自分や家族が健康的に生活するために必要な最低限のお金」のこと。これさえわかれば、「これ以上は無理して稼ぐ必要はない」ということに気づくのと同時に、ムダな出費こそがもっともハイリスクな行為、という「お金の本質」を知ることもできる。自分の生活はいくら稼げば成り立つのか。完成した収支表(家計簿)は、あなたの「人生のムダ」の映し鏡となる。それを把握した状態で生きることが、お金への焦りや、お金を失う恐怖からの解放につながる「自由への近道」なのである。

 ミニマム・ライフコスト+自分の好きなこと。私の場合は読書、テニス、旅行、ハイテクツール。好きなことを、単に消費するだけではなくて、そこから何かを生み出そうとすると、すごく濃い時間が費やされるようになり、意外とお金がいらない。例えば、本を読むにも、いい本だったらちゃんとアウトプットにつなげたり、テニスをやるなら、レッスンの時間だけでなく、上達するために工夫を考えたり。もちろん高い旅行や高いハイテクツールにキリはないのだけれど、本当に欲しいものを丁寧に選び、それを徹底的に味えば、満足度、経験値という観点から、浪費ではなく大切な消費となるのではないでしょうか。

日々の生活でも、モノを厳選する「ミニマム思考」を持って過ごさないと、身動きがとれなくなる。結果、それはあなたの行動力を低下させ、自由の喪失につながってしまう。モノを増やさないコツは、「あればいいかも」ではなく「なくてもいいかも」に焦点を当てること。つまり、足し算ではなく「引き算思考」。なにかを両手に持っている安心よりも、手ぶらで生きる感動的なまでの自由さを、ぜひ体感してみてもらいたい

    少しずつ持ち物を減らしていってます。通勤時にカバンもリュックも持たず、ボディバッグだけに。身軽というのは快適なものです。クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんも昔から勧めている手ぶら通勤も試してみました。通勤の移動も、手ぶらだと散歩のような気分になれます。これまでコストだった通勤時間が、クリエイティビティを高めるリラックスタイム、体を鍛えるパワーウォーキングタイムにも化けるかもしれません。

「クレイジーになって突き詰めてきたこと」を具体的な言葉で表現すると、「人生でもっとも多くの情熱、時間、そしてお金を投資してきたこと」になる。 

モバイルボヘミアンとして生きるには、「自分が本当にやりたいこと(大切にしたいこと)」を明確に持ち、表現し続けていることが絶対条件となる。そもそも、「なにを中心に生きたい?」と聞かれたとき、あなたは即答できるだろうか。ぼくの場合はそれが「フライフィッシング」や「冒険」であり、「湖畔で暮らすこと」であり、「ニュージーランド」だった。ナオさんの場合は「サーフィン」や「飲食」であり、「海辺で暮らすこと」であり、「ハワイ」だった。

    私は即答できないので、本当のモバイルボヘミアンにはなれないかもしれません。「転職の思考法」で北野唯我さんが、人間は次の二つに分けられ、大多数は後者だと言っています。「to do に重きをおく、すなわち、何をするのか、明確な夢や目標を持っている人間」と、「being に重きをおく、どんな人、どんな状態でありたいかを重視する人間」。そしてそれでいいんだと。こんなサラリーマン、父、夫でありたい。そうあるために、モバイルボヘミアンの生き方の、自分に必要な部分をしっかり取り入れる。それもありだと思います。

「1つの宗教だけしか知らない者は、どの宗教も理解していない」という欧米のことわざがある。これは、「比較対象がなければ、ずっと信じてきたものが正しいかは決してわからない」という意味だが、「日本の常識しか知らない=1つだけの常識を盲信して生きる」ことの危険性を、ぼくは指摘したいのだ。年に1回でいい。今あなたが暮らす環境とはまったく違う、新しい国、新しい街、新しい土地に行ってみてほしい。いつもいる場所でなんとなく植えつけられてしまった、「固定化された常識や当たり前という呪縛」から少しでも距離を置くことができれば、その旅は成功だ。

   年に1回、新しい街に行ってみる。その旅で、自分の固定観念、常識とは違う新しい気付きを1つ見つける。新しい土地に行く度に自分にとって新しいことを1つ発見する。それを心がけて次の一年を過ごしてみます。

どうなるかはわからないけれどチャンスもあるし、テクノロジーの後押しもあるから、どんどん実験してみよう」と思える人は、このチャレンジを楽しめるはずだ。「人生は壮大な実験」だ。先駆者がいないからこそ、自分が実験台となって、望むままに行動する。答えがないからこそ、実験自体を楽しむことができる。自由でチャレンジングな思考を持てるかどうかが、モバイルボヘミアンとして生きるうえで重要なことだ。

まず、なによりも大切なことは、自分の働き方や生き方に対して、常識に縛られない自由で柔軟な発想を持つこと。つまり、クリエイティブに考える習慣を持つ、ということだ。長い通勤時間がわずらわしいのなら、週1回オフィスに行かなくても仕事ができるやり方をゼロベースで考え、会社に交渉してみる。営業は得意だが事務作業が苦手なら、アウトソースできるウェブサービスはないかを調べて、実際に試してみる。1つひとつは小さなことかもしれないが、既存の常識や違和感を鵜呑みにしたり、あきらめたりするのではなく、「どうやったらできるのか?」、「今までとは違うやり方はないか?」と考え続けることが、クリエイティブに生きるということ。

音声認識の「Siri」を使いこなすことだってそうだ。ちょっとしたことだが、旅するように生きるには「楽をするための努力」が不可欠だ。

プロの個人として生きるためには、心と体のメンテナンスがとても大切だ。精神と肉体は、お互い大きな影響を与え合っているのはご存じのとおり。年齢に関係なく、この2つのメンテナンスの成否が、すべてのパフォーマンスに直結する。

集中力がもっとも高くなる午前中をクリエイティブワークの時間にあてる。内容は日によって執筆だったり、デザインプロデュースの仕事だったりとさまざまだ。午後は、人間の集中力は下がる傾向にあるため、創造性を要する仕事ではなく、メールや雑務処理を行ったり、「Skypeミーティングを入れる。

  プロジェクトチームは会社のルーティンプロセスが必ずしも適用されていません。時間の使い方も自分から提案していくことでコントロールできるので、午前中に考える時間を確保する。考え続けるのって結構根気がいります。一通り仕事が終わった後に、と考えていても難しいので、午前中に時間をブロックしておく。そうしてまとめた考えをもとにミーティングをするのが効率的です。

午後になると街に出る。だいたい1日10キロから20キロは歩き、あるいはレンタルサイクルで20キロから30キロと走る。これは、街を見ること、インスピレーションを受け取ることが目的だが、旅先でなまりがちな体を鍛えるトレーニングも兼ねている。

ちなみに、東京でのメインの移動手段はクロスバイク(自転車)だ。旅のときと同様に、1日に数十キロ走りまわる。自転車は、都内においてもっとも移動効率がいいことに加え、いいトレーニンになるというメリットがある。

 都内は本当に自転車移動が向いています。都心で赤い電動自転車を見かけることが増えました。主要駅や大きなビルの近くにポートが増えていて、30分150円と電車並みのシェアサイクル。変化の多い東京の風景を見ながら街を走るのは朝の満員電車より心地も良いです。帰りは朝ほど混んでいないし電車で帰ろう、なんてフレキシブルに動けるのもシェアサイクルの良さですね。現状だと、夜は充電切れの自転車が多いという難点もありますので。

「移動し続ける生活」と聞くと、すごく楽しそうな響きがあるかもしれないが、ある意味、安定とは逆の生活であるため、肉体的には過酷であることは言うまでもない。体と脳のパフォーマンスをつねに高く維持するために、体調とメンタルを安定させる必要がある。そのために、睡眠、トレーニング、食事といった「ライフスタイルインフラ」を整えることに、徹底的に気を使っているのである。

  新幹線の移動を快適、有効に過ごし、リラックスして帰宅したつもりでも、やはり1日働いて、東京-大阪間を移動した後の体は疲れています。必要な睡眠の時間を優先的に確保する。隙間時間に筋トレ等を楽しくやる。計画的にスポーツをする。美味しいものをしっかり食べる。深酒や夜更かしを減らすべく飲み会は楽しく早く切り上げる。こういった積み重ねが大事ですね。

超フレキシブルで自由度が高い生き方だからこそ、体はもちろん、特に心の調子とライフスタイルを安定させるために、逆に「ルーティンを決める」、「習慣を決める」ことがとても重要になってくる。

 フロイトが、Most of people do not really want freedom, because freedom involves responsibility, and most of people are frightened of responsibility. 多くの人は本当には自由を望まない、なぜなら自由には責任が伴い、多くの人は責任に尻込みするから。と言ったそうです。自由を選びとるため、自分に責任を持ち、自分の人生をしっかりコントロールしていきましょう!

モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには

モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには

 

 

30. FACTFULLNESS ハンス・ロスリング <データの時代にデータを正しく見る>

 正しく判断するためにデータを集める。バイアス、思い込みを持たずにデータを見る。状況を正しく理解するために適切にデータを分析する。データの活用がビジネスの勝敗を分ける時代、この大事で、難しいことを、大変わかりやすく教えてくれる本です。オバマ元大統領やビル・ゲイツが絶賛したのもうなずけます。

 本書の最初に紹介されたチャートの引っ掛けは、人が本能的に思い込みに囚われやすいことを実感として気づかせてくれます。「「発展途上国」では母親が生む子供の数は多く、子供が乳幼児期に死ぬ確率は高い」。わかりやすく構図を説明した下記バブルチャートは、いたって常識的で、私もあっさり引っ掛かってしまいました。

 実は上図は1965年のもので、2017年には下図のように全く構図が変わっているのです。中国とインドという二大人口大国を表している2つの大きな円だけでなく、ほとんどの円が「先進国」と括った枠に入っているんです。

 自分が小学生の頃の知識のままで「発展途上国」は今でも出産数が多く、幼児の死亡率が高いと思い込んでいました。これは、「世界は分断されている」、自分たちと「あの人たち」は違う、そのように思い込みがちな「分断本能」を人が持っているからだそうです。この本はそのような10の思い込みの存在を教え、そこから自由になる手助けをしてくれます。さらに、代わりにより良く状況を理解するためのデータの見方も教えてくれます。例えば、先進国と発展途上国、という分断、もしくは分類がもはやほとんど意味を持たないとすれば、どうすればいいのか。

 まず、世界を2つに分けることをやめよう。もはやそうする意味はない。世界を正しく理解するのにも、ビジネスチャンスを見つけるのにも、支援すべき最も貧しい人々を見つけるのにも役に立たない。

 しかし、世界を理解するためには何らかの分類方法が欠かせない。古い呼び名と決別するのなら、代わりの呼び名を用意すべきだ。では、どういう呼び名がふさわしいのだろう。

 著者は世界を所得レベルに応じた4グループに分けます。呼び名は単純にレベル1、2、3、4。下記のように、ひとりあたりの1日あたりの所得、2ドル、8ドル、32ドル、3つの線で区切ると、世界人口70億人が下記のように分かれます。

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 「先進国」、「発展途上国」という分け方は文字通り国ごとの分類ですが、現実は、それぞれの国の中に複数の生活水準の人々が暮らしています。例えば中国とアメリカで生活水準が似通っている、と言われても違和感を覚えるでしょう。しかし、中国とアメリカのレベル4の人たちの寝室、移動手段を比べればほぼ同じようなものです。同じく、アフリカとアジアで遠く隔たっていても、レベル1の人たちの水の調達方法、調理方法なども似通っています。「Dollar Street」という、所得レベルごとに生活水準を写真で並べるツールによって、我々の理解を助けてくれます。

www.gapminder.org

 このように、本書は人が本能的に持ちやすい10の思い込みに気づかせて、状況を正しく理解するための適切なデータの見方を教えてくれます。会社でチームとビジネスを進めるうえでも、我が子に適切で広い視野を持ってもらうためにも、大変有益です。

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

 

 

29. 凡人のための地域再生入門 木下斉 <示唆に富む素晴らしい教科書>

  私は生まれと育ちが都市部で現在サラリーマンをしているので、登場人物達と境遇は違います。しかしながら妻の地元が魅力ある地方部で、地域再生に興味を持って読みました。筆者が同士達に共有したい、成功するために欠かせないロジックと、苦難に負けないために必要なエモーション、その両輪を伝えるべく、小説形式で地方での事業のリアルが描かれています。

  とにかく面白い。筆者の実体験をベースにしたであろうストーリーは現実的で、気弱な主人公が全くヒロイックでないのも相まって、すごく身近に感じられます。地域再生、地域における事業成功のために必要なことを理解するには、ストーリーをたどっていただくのが一番いいと思いますので、是非ご一読ください。

  小説としてもちゃんと面白く、多くのコラムや注が差し込まれていて、そこに書かれている情報をフックにさらに調べると、多くの新発見が得られるのも楽しかったです。地域再生という主題を越えて、ビジネスマンとして大切なことに気づかされることもありました。

  人生100年時代、一つの会社でサラリーをもらうだけでなく、地元や家族が属する地域に関心を寄せることは新しい発見を与えてくれると思います。いくつか自分が気になった箇所をご紹介させていただきます。

 

 例えば下記で紹介されているオガールプロジェクト。岩手県の地方部に、民間資本でセンスのある店を集積してこれだけの成果を上げているとは。

 財政難で公共施設整備が困難だった岩手県紫波町が、民間資金で様々な施設開発を行って成果をあげたオガールプロジェクト。しかし、当初はパブリックプライベートパートナーシップ、通称PPPと呼ばれるその開発手法そのものがよくわからないと、地元紙に「黒船来襲」と書かれるほどの猛バッシングを受けます。しかし開発が成果をあげ、年間のべ約100万人の集客、周辺住民の増加、4年連続の地価上昇、税収の増加といった結果を見て、当時の反対者も「もっと早くできればよかった」と口を揃えました。

 上記は筆者が事例を注釈で紹介している箇所なのですが、この事例が小説の中でで下記のような一節にも活かされています。サラリーマンでも、本社と現場、営業と他部署といった立場の違いから、自分の企画に「NO」と言われる、注文をつけられることはよくあります。一見自分にとって障害なんですが、ものの見方を変えて、すなわちそれをアドバイスに変えて対応すると、企画がより良くなる事ってあります。そのような捉え方をして自分に活かせるかは訓練だなと。

「そういえば勉強会のとき、岩手で産直施設をつくった人が、同じように産直だけだと変動の幅が大きすぎて、安定収入がないから融資を受けるのが難しかったと言ってたよね。そのときは、産直施設に地元の有力な肉屋と魚屋をテナントとして入れて安定して家賃収入が入るようにして、いい条件で融資を引き出したんだって。僕らも、何かそれをヒントにして考えたほうがいいかもしれない」

「金融審査を経て事業が強くなり、地域の力となることもあるのだ。」

 例えば下記注釈にある都市公園法改正。興味を持って活用事例をググってみてもあまり見つかりません。それをツイッターでつぶやいたら、この仕組みを活かすには、大阪城公園の例など、ある程度の規模が必要、というアドバイスをいただきました。公園という相乗効果が期待出来る価値があっても、その地域の中で人々に行きたい、体験したいと思わせるだけのエッジがないと当然人は集まりませんよね。そういう考え方はこの本の中でも繰り返されていたのですが再認識させてもらいました。

日本では戦後、公園は禁止事項ばかりで何もできない場所となってしまったが、明治時代には公園で事業が営まれるのは当たり前だった(日比谷公園にも松本楼というレストランが開園当初からある)。ニューヨークでは公園の一部での営業権を売却することで財源を確保し、中でもマディソン・スクエア・パークに出店したシェイクシャックという小さなハンバーガー店はいまや上場し、日本を含め世界各地に展開する企業へと成長するなど、新産業の拠点にさえなっている。しかし、日本では公園予算は削られるばかりだ。日本でも都市公園法が大きく改正され、新たな時代に対応した公園の再編成が求められている。

 下記のくだりでは、自分の恥ずかしい経験を思い出しまた。昔アメリカ出張からの帰国後に本部長にどうだったかを聞かれて「すごく勉強になりました」と答えたところ、「お前に勉強させるために高い出張費出しとんちゃうで!」とツッコまれ…

勉強会は、あくまで事業化プロセスの一部にすぎない。自己目的化して「勉強になった」「いい話を聞いた」などと言っているようではまったく意味がない。具体的に事業化しようとしている内容をもとに、必要な情報を複数回に分解し、それぞれ最適な人を呼び、聞いた内容を具体的なアクションに反映させること。実践してようやく学んでいる内容がわかることも多々ある。

自分の財布からお金を出さなければ、「やってもやらなくても自分に損害はほとんどない」と考える人がたくさんいる。タダだからと軽い気持ちで受講し、ためにならないと思ったら途中でやめてしまう。ときにやる気のある人がきたとしても、まわりはほとんどやる気のない暇な人ばかり。そして本気の人から離脱する。何も、法外な金額を払わせようというわけではない。フェアな対価をみなが出し合って勉強会を行えば予算など必要ないし、その対価を支払った分、事業化して元をとろうとするからこそ、物事はカタチになるのだ。 

 仕事における経験を、いかに商売、売上につなげるか。大きな組織にいると一日中会議に追われたりしますが、自分も他のメンバーもどれだけ本気で意味のある時間にするか。手ぶらで帰ることなく、常に何かやる。肝に銘じたいと思います。

  すぐに地域再生に関わるつもりではないのですが、時々読み返し、自分の商売人としての力を会社の中でも磨いていきます。

 

地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門

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28. プラチナタウン・和僑 楡周平 <人生100年時代に己は何をする>

 人生100年時代、日本の社会構造が変わる中で、地方の政治、経済が成り立っていくためには、やり方を大きく変えなければならない。元エリートサラリーマンが、町長として宮城県の田舎町で奮闘する、すごく面白い小説です。同時に、自分がサラリーマンとして20年以上働いてきて、これからどうするか。将来に想いを巡らせるきっかけにもなる、素敵な小説です。

  自分は都会育ちですが妻の実家が日本海側の小都市にあります。海と山に囲まれた素敵なところで、たまたま学生時代の友人がそこで仕事をしていることもあり、活性化して欲しいなと、考えちゃいますね。

 

プラチナタウンより

「だいたいこの町になんか売りもんになるもんってねえのかよ」 「大したものはねえなあ……」クマケンは思案を巡らすように天井を見上げた。「んでもね、一つ一つはその道にハマってる人には大受けするものがあんだよ」

  地域の人には当たり前でもすごい産物って色々ある気がします。精米したての新米の美味しさは都会育ちには衝撃。地魚の干物はうちの子供の好物。

真の公共事業とは、一時のカンフル剤であってはならない。恒久的に利益を生み、雇用を確保するものでなければならない。

  急場をしのぐ必要が生じることは、公共事業に限らずビジネスでは頻繁におきます。その場限り対応を繰り返して疲弊するか。対策を考える時に「長期的視野」の複眼を持って考えるか。後者が自分達を大いに助けるはず。

「う~ん。そう言われりゃそうかも知れんな。お前の言うように今の日本じゃ、すべての業種で派遣が大流行だ。俺も最近知ってびっくりしたんだが、ゴルフ場のキャディだって派遣だもんな。日によって業務量が違う職種や、単純労働、お天気商売なんて、皆派遣になっちまうだろうな」 「って、ことはだ。同じ広さ、同じクオリティの物件に住むなら、安いに越したことはねえ。そう考える人間が圧倒的多数を占める時代が来ると思わねえか」

  「プラチナタウン」が発行されたのが2008年。私のような団塊ジュニア世代が主人公達と同じ55才になるのが2028年ごろ。その頃には自動運転バスやリニアも営業開始して、距離の壁はさらに縮まるはず。一部の地方部に、新しい人口集積地が出来てもおかしくありません。

「場所がなあ……。やっぱ、都市部から地方っていうと、都落ちって感じが否めないっていうんだな」 「どうして都会で暮らしている人間は、揃いも揃って考えることが同じなのかな。この画一的思考回路、右へ倣えの行動様式が都市部への人口集中を生んで老後の暮らしを厳しいものにしてるってことに気がつかないのかね」

  距離の壁が縮まったとして、人が来るかどうかは魅力的な体験が出来るかどうか。一概に都市か地方かだけではないでしょうが、地域の特性や個々人のアイディアを活用して、資金的にも持続性のあるコンテンツを用意すること。その上で選んでもらえるに認知を高める、意識を変えるようにしていくことですね。

「私たちは組織の大きさに甘えて、多くのビジネスチャンスを逃してきたんじゃないかとね。時代の寵児となって莫大な富を築いた人間が続出したIT産業やブライダルビジネス。彼らが築いたビジネスモデルは、四井の資本力を以てすれば、もっと早く、かつ確実な方法でものにできたはずじゃありませんか。だけど実際は誰もそんな分野に目を向けなかった。もちろんアイデアとして考えた人間もいたかもしれない。しかし、組織に身を置く人間の性で、結局は失敗を恐れるか、あるいは小さな流れを本流に押し上げるには多大な労力と、時間がかかるといった理由で誰も手をつけなかった……そうじゃありませんか?」

  サラリーマンをしていると、上司や組織の期待に応えようと考えることが多く、自分が本当にやりたいことが何かを突き詰めて考えてこなかった気がします。やりたいことをシャープにして、とんがらせ、そこに労力を集中するとサラリーマンでも自分のやりたいことでビジネスチャンスをモノにできるのではないか。この一年、挑戦してみます。

「この地がいかに老後の生活を送る上で魅力に満ちあふれているのか、どんなパンフレットを作って、美辞麗句を並べ立てるより、体験に優るものはありませんからね」

  モノよりコトと言われて久しい。それではコトをどうやったら売れるか。小説では施設周辺の食やレジャーを体験する宿泊ツアーを企画。体験と顧客を結びつける仕組みを作ることが大事。

ツアーだけだとしても魅力的だし、実際に住もうという町を事前に体験できれば、移住への不安はかなりの部分解消できるだろうし、実感も湧くだろう。たとえ町が気に入らなかったとしても、ちょっとした旅行に出たと思えば、納得いくだろう

  地域の活性化は現在多くの人にとって関心事。サービスの認知を高めるためにも、サービスに必要なリソースを確保するためにも、メディアを上手く活用できれば。

「やはりこちらも入居者と同じように、メディアの力に頼るしかないでしょうね」  渡部は言った。 「メディアって……そんたに力があるもんだべが」 「以前にも申し上げましたが、今回の事業は社会の高齢化が急速に進む日本では、相当インパクトのあるものだと思います。永住型老人居住施設、町興しのモデルケースにもなるでしょうし、何よりも老後の過ごし方の概念を一変させることにもなると思います。もちろん、田舎に移れば都会に住むよりも生活コストは安いというのは誰もが知っていることです。ですが生活の質を落とさず、いや、むしろ向上させる。しかも民間と自治体が共同でこうした事業を行うというのは、たぶん初のケースだと思います。テレビ、新聞、雑誌。これから、あらゆるメディアが大きく取り上げることは間違いありません。そこで、同時に従業員の募集も行う―」

    ベストセラーとなった「未来の年表」でも人口減少ステージで持続的な社会を作るために、脱東京一極集中、中高年の地方都市移住を掲げています。都市部の大企業でスキルを身につけた中高年が柔軟な形で就労することは、ノウハウの欲しい地方の企業と双方にとってWin-Winとなる仕組みになると思います。

そこに週に二回程度、おいでいただいて働いていただければ、生え抜きの社員も大企業のノウハウを学ぶことができるでしょう。審査や法務に関する事柄は、最終決裁者である私にレポートが上がる前に、目を通していただき、問題点を本社の担当にフィードバックして貰う。こちらは書面でのやりとり、いわば添削ですから、メールや電話で業務をこなしていただく。重要案件であれば、本社から担当者をこちらに出向かせますから負担は小さいと思います。もっとも決算期には東京本社に出張してもらうことになるでしょうけど……。とにかく、私の目からしますと、ここはまさに宝の山なんです」 「なるほどねえ」 「もちろん、しかるべき報酬はお支払いしますよ。フルタイムというわけではありませんから、現役の頃の給料に比べれば、安いものでしょうけど、それでもちょっとした小遣いにはなると思いますがね」  悪い話ではないと思った。なるほど大企業の持っている仕事上のノウハウは、中小企業からすれば高坂の言うように、喉から手が出るほど欲しいものには違いない。それは高坂の会社だけではなく、近隣市町村に数多ある会社にも言えることだ。そして何よりも、移住してくる人間の人的リソースを再活用できるとなれば、会社経営については最高レベルにある知識を地場産業が労せずして手に入れるチャンスである。うまく人材斡旋の仕組みを造り上げることができたなら、地方産業の活性化、レベルアップにも繫がるだろう。

  年齢に応じた役割、楽しみ方を用意して効果を最大化する。示唆と夢に富み、今後挑戦していきたいと思います。

町は急速に活気を取り戻しつつあった。ここには都会の老人施設にありがちな、沈滞した空気はない。年寄りを集め、年齢に応じた生活の楽しみ方を提示すれば、絶大なるパワーを発揮するのだ。

 

プラチナタウン (祥伝社文庫)

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和僑 (祥伝社文庫)

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27. サピエンス全史 ユヴァル・ノア・ハラリ <人類はどのように文明を発展させ幸福に至るか>

 人類、ホモ・サピエンスが他の類人猿を圧倒して生き残ったのは「認知革命」があったから。その後にこれだけの文明を築き上げたのは、「農業革命」と「科学革命」があったから。そして人類の今後と幸福のためには何が必要なのか。

 スケールの大きなことを考えるきっかけになります。人類が発展した契機が認知革命、膨大な数の見知らぬ同士を共通の思いによって協働させる事だったとしたら、新しい科学、テクノロジーを使えば、また違った形で見知らぬ人同士を結びつけ、動かし、発展することが可能でしょう。また、農業革命が貨幣、信用経済を生み出したように、最先端の科学が新たな信用を生み出して、既に始まっているシェアエコノミーしかり、フォロワー数などに連動した信用供与などが、大きなビジネスとなるであろうことも想像されます。

 

<認知革命>

 7万年前、突然変異によって人類は抽象的な概念を共有できる能力を身につけた。膨大な数の見知らぬ同士でも、虚構、共通の神話を信じることによって、首尾よく協力できるようになった。単体の動物としての能力を大きく超えた共同作業が可能に。

 あらゆる人を納得させ、誰からも信じてもらえる物語を語ること。困難だが、成功すれば大規模な協力が可能に。そして、別の物語を語ること、信じることで、振る舞いを改めることが可能に。文化の進化が遺伝進化を迂回可能に。

<農業革命>

 単位面積あたりでより多くの人を生かしておく能力こそが農業革命の真髄。多くの人にとって、生活水準を上げるものではない。

 贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせる。いったん慣れれば、当たり前と思い、頼り始め、なしでは生きられなくなる。古代農耕民は、貧しくとも増えた所有物を失いたくないので狩猟民には戻れず、将来の不安に備えるべく厳しい労働に勤しんだ。

 私たちが特定の秩序を信じるのは、正しいから、ではなく、それを信じれば効果的に協力して、より良い社会を作れるから。

 これまで考案された中で貨幣は最も普遍的で、最も効率的な「相互信頼」の制度。宗教は特定のものを信じるよう求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求める。

<科学革命>

 1620年、フランシス・ベーコンは「新機関」の中で「知は力なり」と語った。知識の真価は、それが正しいかどうかではなく、私たちに力を与えてくれるかどうか。

 政治と経済が、科学の研究を支援し、科学は援助へのお返しとして、新しい力、資源の獲得を促す。そしてまた再投資が行われる。ヨーロッパの帝国主義者は、新たな領土とともに新たな知識を獲得することを望み、遠く離れた土地を目指して乗り出した。

 近代経済が信奉する「成長」とは、人間の驚くべき想像力の賜物。経済全体が、生き残り、繁栄できるのは、私たちが将来を「信頼」しているから。「信頼」が世界に流通する貨幣を支えている。「信用 Credit」に基づく経済活動によって、私たちは将来のお金で現在を築くことができるようになった。成長イコール正義、自由、安定であり、幸福は資本主義によってもたらされると。

<幸福とは>

 ニーチェは語った。あなたに生きる理由があるのならば、どのような生き方にもたいてい耐えられる。有意義な人生は、困難のただ中にあってさえもきわめて満足のいくものであるのに対して、無意味な人生は、どれだけ快適な環境に囲まれていても厳しい試練にほかならない。

 

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

 

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

 

 

26. 20歳の自分に受けさせたい文章講義 古賀史健 <文章で人を動かす>

 何のために文章を書くのか。それは動いて欲しいから。相手の心を動かしたい。社内の人と合意したい。未来の自分を変えたい。だから著者は、いい文章とは下記のことだとしています。

 「いい文章」とは、「読者の心を動かし、その行動までも動かすような文章」のことである。

 そのための文章を書くための要点を4つ、教えてくれます。ただしその前に、人を動かすために、前提として必要なものに、この本を読んで考えて気づきました。それは己の「主張」。自分が伝えたい主張がない、それは自分が何処に行きたいかわかってないということ。次に自分の伝えたい主張がはっきりしてなければ、相手が動きようがない。様々なコミュニケーションにおいて、自分は主張が曖昧だったことに大いに反省しました。

   本書では主張をうまく伝えて動いてもらうために「論理構成」が大切だと教えてくれます。必ず、「主張、理由、事実」の3層構造を守ること。これは、2018年のベストセラーである「1分で話せ (著者 伊藤羊一)」の、「結論、根拠、たとえば」で相手の右脳と左脳を動かそう、いうキーメッセージと同じ。ちなみに「相手を動かす」という掲げるゴールも同じ。思いを伝える、人を動かすために、本当に大切な要点だと思います。

   以下に本書が教えてくれる4つの要点をまとめます。

 

第1講  文章は「リズム」で決まる

リズムの悪い文章とは、端的に言えば「読みにくい文章」のこと。

文と文の「つなげ方」や「展開の仕方」がおかしいとき、その主張は支離滅裂になり、リズムよく読めなくなるのだ。

文章のリズムは「論理展開」によって決まる。

心を動かす文章。そのために一番大事なのはレトリックではなく、読みやすいこと。文と文が正しくつながり、論理の展開がわかりやすいこと。

美文よりも正文を目指しましょう。なぜなら文章本来の目的が「伝える」ことだから。「情感豊かに吹くことと、正しい技術で吹くことは、違う作業じゃない」というセリフが佐藤多香子さんの音楽小説にあるのですが、書くことも全く同じで、スムーズに頭に入ってくることで、情感も流れ込んでくるのでしょう。

 

第2講 構成は「眼」で考える

 読ませる。そして伝える。そのために、文章の構成は二つの三段構成に気をつけて。

まずは全体構成。文章には常に「読者」がいます。それが日記であっても「未来の自分」という読者がいます。そしてブログでも書類でも、読者は常に「読まない」という選択肢を持っています。彼らに読んでもらうために、映画の構成を参考にしましょう。

導入、本編、結末。導入は「映画の予告編」のつもりで

文章を読んでもらうために、まず導入部分では映画の予告編のように、興味を持ってもらうことが大切。インパクトのあるキーワードや結論を提示、核心部分を気になるところで寸止め、骨子・サマリーを最初に紹介、といった3つの方法で、読み手の立場にたって、興味が持てるように客観的に伝えましょう。

本編で伝えるのは、上記に対する自分の意見、仮説。ここは思い切りズームインして主観、主張を伝える必要があります。

結末では、再び客観的な視点からまとめなおす。自説を「風景の一部=動かしがたい事実」として描くわけです。

次に論理構成。論理とは、「論」が「理」にかなっていること。論=主張がなければ文章を書く意味がない。理=理由がなければ、立派な主張も中身が空っぽ。当然主観的である主張は、客観的な「事実」に裏打ちされることで、意見の正当性が増すわけです。

主張、理由、事実。マトリョーシカのような3層構造が守られているのが、論理的文章なのである。

 

第3講 読者の「椅子」に座る

  コミュニケーションを通じて相手に動いてもらう。そのためには相手の立場に立って考えること、とはよく言われることです。筆者は、読者の隣に「立つ」だけでなく、読者と同じ椅子に「座ること」、同じ目線で景色を見て、読者に伝わる言葉で書くことが必要だと言います。そのためのコツを教えてくれます。

 まず、全ての読者と同じ経験が出来るわけはなく、我々が本当の意味でその椅子に座れる読者は二人だけ。「あのときの自分」と「特定のあの人」。

 自分が伝えたい主張を、それを知らなかった昔の自分に伝えたい。あのときの自分が何に悩み、だからこそ今の自分が伝えたい情報がどう役に立つのか、どう伝えれば納得するのか、自分には手に取るようにわかるはず。その思いを乗せて書かれた文章は熱量が違う。言葉の強度が違うのです。

 10人読者がいれば10通りの読み方があります。だからといって、「多数派」を想定して、主張を抑えて、表現をぼやかしてしまっては、エッジのない面白くない文章になってしまう。「特定のあの人」を想定、設定する。その方が、言葉のベクトルがはっきりするため、「その他の人々」にも伝わりやすくなります。

 専門性に溺れた文章は、読者の予備知識に甘え、説明すべきところを説明しようとしていません。読者に甘え、本来やるべき説明を怠っているから、読みづらい。少しでも理解のパーセンテージをあげていくよう、ブラッシュアップする努力を怠ってはなりません。

 読者を「説得」ではなく「納得」させる。押し切るのではなく、読者に歩み寄ってもらう。人は他人事では動きません。こちらの主張を読者の関心と関連づけることが必要。実務の文章であっても、読者に一方的に「知識の球拾い」を強いるのではなく、読者に「仮説」を投げかけ、一緒に「検証」してもらうことでプレーヤーになってもらいましょう。

 自分が己の主張が正しいと思いいたるまでには試行錯誤があったはず。それをすっとばした「寄り道」のない一本道の主張は、読者には「納得」しがたいものがあります。文章の中で、自分にツッコミを入れる。流れとしては、主張、理由、反論、再反論、事実、結論、というように。読者の疑問にしっかり答え、キャッチボールを楽しみましょう。

 大きな主張、それは主観的な問題でありウソであってもまかり通るかもしれない。しかし、細部は客観的なものであって、そこにウソがあっては読者は決して納得しません。さらには、自分で理解していること以外は、ウソになるから書いても伝わらない。最大限自分で理解する努力をしたうえで、細部は正しく書きましょう。

 

第4講 原稿に「ハサミ」を入れる

 文章の入り口には、「元ネタの編集」という作業があります。

まずは頭の中の「ぐるぐる」を紙に書きだす。偏らないように、最初に出てきた傾向を持つキーワードと、それ以外のキーワードを出し尽くす。そこから、「何を書かないか」を決める。

 文章を書き終えてからは、「推敲」という編集作業になります。

推敲とは「過去の自分との対話」である。自分の文章にツッコミを入れ、時にほめながら読み進めていく。その際に「もったいない」は禁物。読者は書く時の悩んだ量ではなく、文章に評価を下す。各文が矢印でつながる図になりうるぐらい、論理的であるかをチェックする。

 

「いい文章」とは、「読者の心を動かし、その行動までも動かすような文章」のことであり、正しい技術で書いた文章は、情感も含めて流れ込んでくる文章になる。伝わる文章を書く力を身につけて、自分の思いを実現していきましょう。

 

20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書)

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